切除不能の「ステージ3肺がん」は最新の免疫放射線療法で根治へ

何となく息苦しいような…
何となく息苦しいような…(C)日刊ゲンダイ

 がんは、手術と放射線、抗がん剤が3大治療。そこに2014年、世界初の免疫チェックポイント阻害剤オプジーボ(一般名ニボルマブ)が加わった。以来、免疫チェックポイント阻害剤は開発が進み、今やさまざまながん治療に応用されている。その進化系治療が放射線との併用で、免疫放射線療法という。効果はどれほどか。東大病院放射線科特任教授の中川恵一氏に聞いた。

 オプジーボが承認されたとき対象となるがんは皮膚がんの一つメラノーマだった。これに続くヤーボイ(一般名イピリムマブ)、キイトルーダ(同ペムブロリズマブ)も当初の適応疾患はメラノーマだ。

 メラノーマの罹患数は年間1500人ほど。がん全体としてはまれで、期待の新薬の恩恵にあずかる人は少なかった。

 その後、免疫チェックポイント阻害剤は、薬の種類がさらに増え、それぞれで適応となるがんの種類も広がり、がんの治療で存在感を増す。しかし、メラノーマのほかにも使用できるがんが増えたとはいえ、その多くはステージ4の末期がんを対象としていた。

 その風向きが変わったのが18年。オプジーボのカギとなる技術を開発した、現京大高等研究院副院長の本庶佑氏がノーベル医学・生理学賞を受賞した年だ。日本では6番目の免疫チェックポイント阻害剤であるイミフィンジ(同デュルバルマブ)が、ステージ3の局所進行非小細胞肺がんを対象に承認された。これが放射線とのかかわりも含めて画期的なのだ。

5年全生存率は42.9%

「世界的に注目を集めたのが、イミフィンジの第Ⅲ相臨床試験『PACIFIC試験』です。この試験で対象としたのは、手術ができないステージ3の局所進行非小細胞肺がんの患者さん。局所進行とは、心臓の周りの縦隔リンパ節の転移はあるものの、ほかの臓器への転移はない状態で、まず抗がん剤と放射線を同時に行う化学放射線療法を行ってから、病状が進行していない713人を対象に、イミフィンジを投与するグループとプラセボを投与するグループを2対1で分けて追跡。その結果、2年後の中間解析では、無増悪生存期間の中央値はイミフィンジ投与グループが16.8カ月で、プラセボグループを11.2カ月も有意に上回ったのです」

 中間解析での2年全生存率は66.3%。55.6%のプラセボグループに比べて有意に高く、死亡リスクは32%低いことが明らかになった。

 この結果から注目されていたのが、5年間追跡した長期解析結果で、昨年、米国臨床腫瘍学会で公表された。その長期データによると、イミフィンジ投与の全生存期間中央値は47.5カ月に対し、プラセボグループは29.1カ月で、死亡リスクは28%減少した。5年全生存率は、イミフィンジ投与グループが42.9%で、33.4%のプラセボグループを有意に上回っている。

ステージ4の「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」を対象とする「オプジーボ」
ステージ4の「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」を対象とする「オプジーボ」(C)日刊ゲンダイ
4人に3人は転移なし

 日本では、ステージ3非小細胞肺がんの「5年生存率」は20~30%ほど。その標準治療が化学放射線治療だが、治療を終えると経過観察で打つ手がなく、治療終了から5年以内に40~50%に転移が見つかる。「5年生存率」の低さはそれゆえだが、イミフィンジ投与でステージ3非小細胞肺がんの治療は一変したといえる。イミフィンジは最長1年間、投与する。そうすると、約43%の患者が5年経過時点で生存していることをPACIFIC試験は示している。しかもこれらの患者のうち4分の3は、病状が進行していなかった。つまり、転移もないのだ。従来の化学放射線療法で20~30%だった「5年生存率」と比べると、その差は歴然だろう。

「PACIFIC試験の結果を受け、手術ができないステージ3の非小細胞肺がんにおいては、化学放射線治療にイミフィンジを加えた治療が、標準治療となりつつあります。イミフィンジの登場で、かなり根治を目指せるようになったといっていいでしょう」

 肺がんに適応のある免疫チェックポイント阻害剤は、イミフィンジのほかにオプジーボ、キイトルーダ、テセントリク(一般名アテゾリズマブ)の3つ。この3つはいずれもステージ4の「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」を対象とする。イミフィンジとは適応のステージが異なるように、治療の意味合いがまったく違うのだ。

アブスコパル効果で遠隔巣も攻撃

 鳴り物入りで登場した免疫チェックポイント阻害剤だが、それぞれの薬を単独で使用した場合の奏効率(効果が認められる割合)は、20%ほど。化学放射線療法との組み合わせで、これほど大きな効果が得られるのはなぜか。

「放射線と免疫チェックポイント阻害剤を併用すると、アブスコパル効果が増強されると考えられるのです」

 アブスコパル効果は何なのか。その仕組みは複雑なので、ざっくりと2つのルートで紹介する。

 1つは、放射線だ。

「放射線をがん細胞に照射すると、がん細胞が死滅するときに内部からタンパク質など細胞の情報がこぼれ出てきて、それを司令塔役の免疫細胞が検知して、攻撃役の免疫細胞に情報として伝えます。それによって、免疫細胞の攻撃系統が整い、原発のがん細胞を攻撃すると同時に、遠隔巣など離れた病巣にも攻撃を加えることがあるのです」

 実は、これがアブスコパル効果で、古くから放射線の効果として知られていたが、かなりレアケースだった。それが免疫チェックポイント阻害剤の登場で頻繁にみられるようになったという。

「がん細胞には、免疫細胞にブレーキをかける仕組みがあって、免疫細胞の攻撃を免れることができます。ところが、免疫チェックポイント阻害剤は、そのブレーキを外すことができるため、放射線との併用で、アブスコパル効果による免疫増強効果が報告されているのです」

 進行した腎臓がんやメラノーマなども、放射線と免疫チェックポイント阻害剤を組み合わせた免疫放射線療法が有望だという。

副作用の慎重な管理が重要

 期待の大きい治療だが、副作用もある。PACIFIC試験でイミフィンジ投与グループには、約20%に有害事象が表れた。主なものは咳、倦怠感、呼吸困難、放射線性肺炎だ。

 イミフィンジは、化学放射線療法後に、病状が悪化していない人が対象になる。「その恩恵を受けるには、化学放射線療法の副作用を慎重に管理して、最小限に抑えてイミフィンジにつなげることが重要」で、そのためには「放射線治療医が充実した施設で治療を受けることが大切です」という。

 気になる医療費は、どうか。国立がん研究センター中央病院の入院費概算一覧表によると、肺がんの化学放射線療法は平均で74万3600円(食事代や差額ベッド代、タオル代、その他自費負担分は含まず)。3割負担で大体22万円ほど。イミフィンジは、1回ごとに体重1キロ当たり10ミリグラムを投与するため、体重60キロだと約50万9000円、3割負担で約15万円で、2週間に1回、最大1年投与するから、医療費は毎月約30万円に上る。

 しかし、いずれも保険適用されていて高額療養費制度の対象のため、毎月の自己負担額は軽減される。その自己負担の限度額は、年齢や所得によって計算式が異なる。詳しい計算方法は割愛するが、たとえば、70歳以上75歳未満で「一般所得者」の場合、入院と外来の医療費は最大5万7600円。1年間に3回限度額に達すると、多数該当になり、4回目からはさらに4万4400円に減額される。保険外の食事代などは別途かかるとはいえ、この負担軽減は魅力。最新治療が適用になる人は、安心して受けるべきだ。

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