なぜ「おひとりさま死」は在宅を選択肢に入れるべきなのか(2)

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 枕元に家族が集まり、愛情と感謝、悲しみが交錯するなか静かに息を引き取る──。日本人にとって当たり前だったそんな風景がいま一変している。2020年の国勢調査によると日本人の38%が一人暮らしとなり、その割合は増えるばかり。「おひとりさま死」をどう迎えるかは切実な問題になりつつある。孤独な死から免れるにはどうしたらいいのか。前回に続き、毎年200人を自宅で看取る「しろひげ在宅診療所」(東京・江戸川区)の山中光茂院長に話を聞いた。

「病院では疾患ごとに専門医がいて、『縦割り医療』が行われ、その弊害もあります。それぞれの診療科の医師が薬を処方するため無駄に多剤併用になったり、他の科の薬を必要に応じて柔軟に調整できずに病状のコントロールが悪いこともある。そんな場合は家に帰って在宅医療を受けた方が状態が安定します」

 つまり、24時間365日しっかり責任を持って病状に対応する在宅診療の医師がいれば、おひとりさまで重い病気で家族の介護がなくても、「医療の質」は問題ないということだ。

「ただし、在宅医がバイト医中心であったり、夜間をコールセンターに任せている在宅診療所だと、定期診察・緊急往診に関係なくおひとりさまの苦しみや痛みの状態を十分確認できません。その結果、どんな病態でも救急搬送という選択肢になりがちです。おひとりさまが安心した医療を受けるためには、『なんちゃって在宅診療』を選ばないことが重要なのです」

 痰が出続けている、夜通し痛みが続いている、だから家だと大変で病院に……というケースも聞く。

「それは、在宅診療だから難しいのではなく、『在宅診療の質』の問題です。痰が絡まないように薬や水分のコントロールをしたり、痛みや苦しみが出ないよう麻薬やステロイドを調整する。これは医師や診療所の選択における問題です」

■「おひとりさま」の多くは介護職が介入することを喜ぶ

 医療以上に重要なのは「介護の質」の問題だ。

「重症度の高いおひとりさまが在宅で最期の時間まで過ごせるために『介護』が重要です。コロナ禍においても、中等度以上のコロナ患者に対して医師は最初にコロナを確認するために診察をして、薬を出し、場合によっては酸素の管理をします。しかし、最も重要な役割を果たしたのは、連日、そして1日数回現場に長時間介入し、食事や排便管理、部屋の清掃なども行う介護職の方々なのです」

 それでも、「苦しむのを見ているのがつらいから」「夜間に何かあったときに自分たちでは何もしてあげられない」からと、在宅から病院への移動を希望する家族もいる。

「しかし、これらは病院に行ったから解決する問題ではありません。病院でも疼痛コントロールがうまくできない医師は多いし、看護師や介護士が夜通し病棟に付きっきりなわけではない。重症度が高い患者がいつでも苦しいときにナースコールをできるわけではないのは、病院でも自宅でも同じです。在宅診療で介護職の役割が重要なのは、医師以上に患者さんと密な人間関係を築き上げていて、こまめに病状の変化を医師に連絡をいただける点にあります」

 血圧の変化に応じて入浴サービスを中止するかどうか、麻薬の効果が薄れている様子なのでその増量をすべきかどうかなど、日々の中での細かい状態変化をある意味病院以上に医師と介護職が情報共有しながら細かい対応をする。

「おひとりさまの多くは、自宅に介護職が介入することをとても喜ばれます。その結果、介護職とおひとりさまとの人間関係だけでなく、病院の医師、看護師、介護職の横のつながりができて、良い看取りができるのです。実際、在宅の看取りでは最期の時間まで、ご自宅での生活の中で痛みや苦痛を取りながら、家族や友人のように関わります。そのため最期は医療職と介護職が思い出話をしながら、みんなで笑顔にもなり、涙も流しながらお見送りさせていただくことも多いのです」

 とはいえ、自宅の看取りには多額な費用が必要ではないのか。

「決して特別な費用がかかるわけではなく、すべて医療保険、介護保険の中で収入に応じた上限のもとでサポートを受けることができます。おひとりさまの自宅近くに家族が暮らしている場合には、介護を全面的にプロに任せたからこそ、見舞うたびに愛情を注げたとおっしゃる方もおられます。また、まったく身寄りがない人の中には『人生で初めてこんなにいろんな人たちによくしてもらった』と涙ぐむ人もおられます」

 ひとりで亡くなると、警察が介入して大変になるのではないのか。

「在宅チームが関わり、亡くなるまでに至る自然な経過があれば(事件性のある事案でなければ)、警察などの介入は一切ありません」

「孤独な最期」を迎えさせないためにも、おひとりさまの在宅診療も一つの選択肢なのである。

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