最期の時が近づいてくると、一日の大半をベッドに寝て過ごすようになります。そんな中で、患者さんがとても楽しみにされているのが、「口から食べる」ということ。
口から自分の好きなものを食べるという行為は、自分らしく生きる営みであり、生きる意欲にもつながります。
食事は単なる栄養補給にあらず。元気な時でも、食事にはいろんな意味を含んでいますよね。体が自由に動きづらくなってきたときでは、食事が持つ意味合いがもっと大きいものになると考えています。
「病院に入院していたときは、好きなものを食べさせてもらえなかった」
そうおっしゃる患者さんもいます。私たちが患者さんやご家族に伝えたいのは、「在宅医療では食べることは自由。食べる楽しみを維持するため、できる限りのサポートをしますよ!」ということです。
食べる自由を求めて、最近在宅医療を始められた60歳の女性。乳がんが骨へ転移。さらにはステージⅣの大腸がんも見つかったとのこと。
「がん治療を積極的に行ってこなかったの。自分が嫌だと思ったことはしたくないのよ。残りの少ない人生も、自分の思う通りに過ごしたいわ」
そうさらりとおっしゃいます。
彼女はこれまでの人生を話してくれました。若い時分に両親の反対を押し切って渡米。結婚し、3人のお子さんに恵まれたものの離婚。3年前、乳がんと診断されたのを機に、すでに成人している長男を元夫のところへ残し、16歳の次男と20歳の長女と共に日本へ戻ってきたそうです。
かつてはアメリカ行きを反対した両親ですが、娘を温かく受け入れ、現在は両親、彼女、2人の子供の5人暮らし。
昔から食べることが大好きだったという娘さんに対し、お母さまの願いは「できるだけ娘の好きなものを食べさせてあげたい」というもの。
「体調はどうですか?」と聞くと、「お腹が痛くてご飯が食べられないのでつらい。食欲はあるんですけど、食べるとお腹が張っちゃって」との答え。お母さまが「(娘が)がんに効く料理を作ってくれない、って言うんですけど、私も難しくて」。
診療のたびに出てくるのは、食べ物に関する質問や会話です。
「甘くない流動食みたいなものはありますか? 甘いものが苦手で」「今日は小さなおにぎりを1つだけで、昨夜も食べられなかった」「昨日はピザを食べたいと娘が言っていたんですよ」
その都度私は、「食べられるものなら、何を食べてもいいですよ」「量を食べるとお腹がすぐにいっぱいになってしまうから、唐揚げ1個を食べるとか、アイスクリームを食べるとか。ジュースを寒天で固めるのもいいですね」などとお話しします。
好きな料理の話をしていると、お顔もリラックスした顔になりますし、笑いもこぼれます。会話だけ聞いていると、末期がんの患者さんとそのご家族の会話とは思えないほど明るいのです。
しかし、決して予後がいいとは言えない状況です。患者さんにお母さまの手料理を目いっぱい味わって欲しい。そう願うばかりです。