がんと向き合い生きていく

恐山と玉川温泉には“救い”を求める人々が集まっていた

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 先日、NHKの番組でタモリさんが下北半島の恐山を訪れているのを懐かしい気持ちで見ていました。

 50年ほど前になりますが、およそ半年間だけ下北半島の大畑町にある病院に月曜日から火曜日午前中まで毎週勤めていた経験があります。月曜日は外来診療、午後は往診、そのまま当直、火曜日は朝から数人の胃X線造影検査を行いました。

 病院から最寄りの大畑駅までは、野辺地駅、下北駅で乗り換えがあります。吹雪の中、駅のホームで電車を待つのは大変でした。また、陸奥横浜駅近くで見えた一面の菜の花畑がとても印象に残っています。

 恐山には、5回以上は訪れたと思います。途中、足の太い寒立馬に遭遇することがありました。赤い橋があって、三途の川、賽の河原がありました。もうこの世ではない、石を積んだ小さな山がたくさんありました。そこには植物が生えていません。

 あちこちに立てられた赤い風車がたくさん回っていました。きっと、亡くなった赤ちゃんのために立てたのだと思いました。なんとなく、たくさんの魂がさまよっているような雰囲気です。硫黄が噴出している岩もありました。

 夏の大祭の時はイタコ(女性の霊媒師)が集まり、あの世に逝ってしまった家族の方の「口寄せ」をしてくれます。イタコは(津軽弁の方が多いようでした)、早口で亡くなった方との間を取り持ってくれるのだそうです。

 実際には私は通り過ぎただけで、どんなお話をされているのか分かりませんが、長い時間、イタコとその話を聞いている方が座っていました。亡くなったあの人は、あの世で自分たちのことをどう思っているのか?

 多くの方はそれを聞いて、そしてこれからの自分たちの生き方を考えるのではないかと思いました。

 不思議と、当時はやった浅川マキさんの「赤い橋」という歌が思い出されます。

 恐山は、それなりの雰囲気がある所で、たとえ車に乗っていても、夜は怖くてひとりで行く気にはなれません。あの世とこの世をつなぐ所なのです。少なくとも、風景、空気はそう思わせるに十分な場所だと感じました。恐山には温泉もあるようですが、私は入ったことがありません。

■がんに効くとは思えないが…

 恐山から約250キロ離れた秋田県に玉川温泉があります。

 ここでは岩の間から黄色い硫黄が吹き出ています。以前訪ねた時は、がんの患者さんが訪れる温泉として有名で、テレビでも放送されたようです。「末期がんが治った」など、いろいろと話題になることから、足を運ぶ方がいるのだと思いました。

 入浴できるお湯の温度では、がんは消滅しません。それでも、私が訪ねた時も、たくさんのがん患者さんかと思われる方が行列をつくって岩盤浴ができるテントに向かっている姿が見られました。

 聞くところによれば、岩から微量の放射線が出ているらしいのです。これが、がんをやっつけるのだと言われているようです。

 がんに効くとはとても考えられないのですが、ござやシートを包んで持ち、あるいは肩に掛けて、テントの方に向かう人、戻ってくる人の列がありました。楽しんでいるのなら良いのですが、頭を下げて前かがみになっている方々は悲愴な気持ちでおられるのではないか……と複雑な思いに駆られました。

 駐車場に止まっているクルマのナンバーを見ると、全国各地から訪れていることを示していました。

 私はこの無言の列を遠くから眺めていました。なんとなく科学からは遠く離れているように思います。途中の紅葉は、この世のものとは思えないほどきれいでした。

 北東北地方にも不思議に思える場所がたくさんあります。50年もたっていますが、昔のままなのか。コロナ流行が収まったら、恐山や玉川温泉をできればまた訪れたいと思っています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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