がんと向き合い生きていく

科学は生き方を教えてはくれないが、人生が変わった人をたくさん診てきた

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 私の父は、母が結核で長期入院していたこともあり、苦労が絶えなかったと思います。父には親しくしていた同級生のHさんがいて、何かにつけ相談にのっていただいていました。

 Hさんは高校の教師をしていましたが、八卦判断が得意でした。私が小学生の頃、こんな出来事があったことを覚えています。

 父はA市へ転勤を命じられ、さっそくHさんに相談しました。Hさんいわく、「北の方角が悪い。もし、この悪い運を避けるとすれば、月1回、家に居ないようにしなさい」とのことでした。

 父は予定通りA市へ転勤になり、その頃は病気が軽快した母、私の3人で引っ越しました。姉たちは祖父母が住む実家に残ることになりました。

 父の給料の一部は実家に仕送りしていましたし、毎月1回、家を留守にする目的で、旅館に泊まるなどの経済的な余裕はなかったと思います。

 A市の引っ越し先は、屋根は続いているものの台所から板の間があり、そこを渡って風呂場がありました。父の判断で、月1日24時間は家を留守にして、その風呂場に泊まることになったのです。

 ある日、私がいつものように学校から帰って「ただいまー」と玄関から入ろうとすると、風呂場の方から「こっち、こっち!」という母の声が聞こえました。「ああ、そうか。今日はその日だった」と思い出し、風呂場から入りました。

 風呂は木の丸い風呂です。いちばんの問題は横になって寝るスペースでした。板の間に布団を敷くのですが、両親は大変だったと思います。私は子供なので、場所は関係なくぐっすり眠っていたと思いますが……。

 その日の父には、楽しい夕食が待っていました。近くに駅前食堂があって、メニューに「豆腐鍋」があります。父は豆腐が大好きで、うれしそうに食べる父の姿を見て私は喜んでいました。

 月1回のこの秘密の日を、ご近所は知りません。隣の家ではどう思われたのか。居るはずなのに玄関には鍵がかかり、返事がないわけです。

 こうして1年半後に、父は他の町に転勤となり、この儀式(?)は無事に終了しました。

■AIは利用の仕方が一番の問題

 話は変わりますが、最近のAI(人工知能)の発達はものすごく、いろいろな方面に応用されています。たとえば医療では、胃の内視鏡検査があります。たくさんの過去のデータを組み込むと、AIは「今、見ている箇所はがんが疑われます。生検してください」と、検査医にアドバイスすることも可能なようなのです。

 熟練した医師の目は、AIに置き換わるのでしょうか? 人間がAIから指示されるような時代になるのでしょうか? 会社は人事でAIを応用し、誰をどこに転勤させるか、どの部署に就かせるか、AIのアドバイスを利用するのだろうか……いろいろ考えてしまいます。人生には、何回か岐路があります。自分の人生は、たとえその時は失敗したとしても、「自分で決めたことだから」と諦めもつきます。もしかしたら、人生の生き方についてもAIがいろいろな選択肢を示し、「あなたの生き方はこうした方が良い」──そんなことを言うのでしょうか。

 ただ、AIは過去に人間の経験したものしか示せないのではないか、と思ったりもします。AIの利用の仕方が一番の問題かもしれません。

 ある時、進行したがんで不治と言われたものの、ちょうど新薬が間に合って治療を受け、治って、また生きられる。余命1年と言われた命が、医学の発達で1年過ぎて、また新たな希望を持って生きられます。科学は、直接は人間の生き方を教えてはくれませんが、新しい治療で人生が変わった方をたくさん診させていただきました。

 医学は科学です。AIも科学です。ただ、人生すべてが科学でないことはたしかです。八卦は過去のデータに基づいていたのかどうか分かりませんが、AIに支配されるような世の中は、神秘さがなくなり、つまらないように思います。

 余談ですが、Hさんは私の大学合格を父に予言していたそうです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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