「沈黙の臓器」腎臓の病気に在宅医療の専門医はどう対峙しているのか?

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 心筋梗塞、脳梗塞、がんなどという「わかりやすく怖い病気」と比べて、この病気のことはピンとこない人が多い。「慢性腎臓病」は日本人の8人に1人が罹患し、統計上「腎臓病」は死因の第7位である。しかし、これは氷山の一角の数字かもしれない。この病気は自覚のないままに悪化してしまい、腎臓病で命を失う前に、心筋梗塞や脳卒中で命を失うことがあるからだ。そんな慢性腎臓病に在宅医療の専門医はどのように対峙しているのか? 毎年200人の看取りを行う「しろひげ在宅診療所」(東京都江東区)の山中光茂院長に聞いた。

「慢性腎症は糖尿病と関わりがあり、多くの患者さんには身近な病気です。にもかかわらず、この病気に無関心な人が多いのは残念なことです。糖尿病の人は腎臓の機能について検査をしてウオッチすること。また、誰であれ慢性腎症の症状を自覚したらすぐに腎臓病の専門医を受診し、医師やそれを支える管理栄養士に助けを求め、そのアドバイスに従うことが大切です。腎臓の状態に応じた食事やそのための環境づくりは複雑で患者本人や家族だけでフォローするのは困難です」

 慢性腎臓病の自覚症状といえば、強度のむくみ、全身の疲労感、夜間の頻尿、心臓への負担増による息苦しさなどが挙げられる。ビールの泡のような尿も慢性腎臓病の症状だ。

「このような症状では、腎臓の糸球体の血管が収縮して毒素を除く濾過機能が下がった状態。血圧が上昇し、貧血が進行していると考えていい」

 慢性腎臓病は自覚したときには、すでにかなり進行した状態にある。それなのに、医師などの指導を受けないのは、わざと命を短くしているようなものだ。

「腎臓は『沈黙の臓器』と言われ、よほどのことがないと悲鳴を上げません。しかし、腎臓が働かなければ、尿毒症を起こし命を落としてしまいます。自覚症状がなくても50代を過ぎれば腎臓の機能は落ちていく。その動きを注視するのは健康の要なのです」

 実際、在宅診療で「看取り」まで自宅でサポートする場合、腎機能が残された命をカウントする指標のひとつだという。

「慢性腎不全になると、持病の薬も使いにくくなる。薬の多くが腎臓か肝臓で代謝されて体外に排出される。腎機能が弱れば、薬の成分がいつまでも体に残ってしまい、効果が過剰になるだけでなく、副作用で命の危険にもつながります。在宅診療においても、それは同じです」

 つまり腎機能が低下すれば薬は「病気を治す」ものではなく、「症状の緩和」「進行抑制」を目的にするしかなくなる。

 腎不全の進行は尿検査と血液検査で確認できる。尿のアルブミンの量が過剰なら、腎臓の糸球体に問題があり、腎不全を来している可能性が高い。

「血液検査では『eGFR』という指標を見る必要があります。年齢、性別を考慮したうえで血清クレアチニン値を評価するもので、腎臓にどれだけ老廃物を尿へ排泄する機能があるかを示しています。この値が低いほど腎臓の働きが悪いことになります」

■人工透析を選択しない場合は?

 腎臓の働きが悪くなれば「人工透析」が必要となる。しかし、透析を選べば、人生におけるそれなりの時間の制約が生まれる。その代わり、それ以外の時間における症状の改善や多少のわがままな食事が許される。透析を選ばなければ食事などの制限を強いられることになる。

「透析の導入は、患者さんが残りの人生をどう暮らすかを選択する一大事です。在宅診療では、『透析導入』により患者さんの全身状態が改善し、余命を伸ばす場合もあります。そのため定期的に採血をし、症状を見ながら透析導入を勧めることもあれば、透析せずに投薬調整により対症療法を続けることもある。選択の指標は、単に『医学的な正しさ』だけでなく、患者さんの人生の充実度の側面が大きいのです」

 医師によっては、クレアチニン、eGFRの値だけを見て、「透析適応」と言い切ってしまうが、よくよく考えた方がいいということだ。ちなみに透析を導入しない選択をした場合の生活指導は、塩分と水分の制限、貧血や高血圧などの症状が出たとき症状を緩和する服薬指導となる。

「腎不全では体全体がむくみやすくなり、心臓に負担がかかれば息苦しくなり、腹水で胃を圧迫すれば食欲低下につながります。糖尿病の持病がある方は喉が渇く方も多く、水分制限は在宅の現場でも非常に重要な一方で困難でもあります。その制限が自宅の環境上難しい場合には、週3回の透析で体の水を抜くことで、水分制限や食事制限が緩和され、生活の質が上がる場合もあります」

 腎不全は人生の残り時間を考えたうえでの「充実した時間」と、「病気の状態」を考慮した治療法の選択が重要になる。医師は「病気」は診られても、その人の「人生の価値観」は見ることができない。後悔のない選択をするのはあなた自身なのである。

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