「マザーキラー」をご存じでしょうか。子宮頚がんのことです。毎年1万1000人が罹患(りかん)するこのがんは、若い女性に多く、30代までが4割を占めています。出産年齢の女性の命を奪うため、そう呼ばれるのです。女優の原千晶さん(48)がこのがんと診断されたのは31歳の年でした。
そこで今回は、子宮頚がんについて。特にステージ2の治療法を紹介します。少々マニアックですが、このがんのステージ2、特に2bに限っては世界の標準治療を無視した治療がなされ、“被害”を受けるケースが珍しくないのです。
がんの治療法を定めた国際的ガイドラインがNCCN。その2022年版で子宮頚がんステージ2bで推奨しているのは、抗がん剤と放射線を同時に行う化学放射線療法のみです。手術はステージ2aまで。海外ではそれに倣っています。たとえばカナダでは「化学放射線治療が、ステージ2の子宮頚がんのメインとなる治療法」としていて、英国でも「ステージ2bは通常、化学放射線治療を行う」としています。
スウェーデンの子宮頚がんの治療法を見ると、ステージ2全体では放射線治療が86.0%、手術は7.4%。ステージ2bは放射線治療が89.7%で、手術はわずか4.3%。より放射線治療が中心です。
ところが、日本ではステージ2bの子宮頚がん治療で長く手術が推奨されてきました。2007年版のガイドラインでは広汎(こうはん)子宮全摘手術を推奨。2011年版で「広汎子宮全摘手術あるいは同時化学放射線療法が推奨される」と化学放射線治療の記載があるものの、手術を前に記載。ステージ2bの子宮頚がん治療で世界標準である化学放射線治療が、1番手に推奨されたのは今年の2022年版からです。
2011年から放射線治療が少しずつ増えてきたとはいえ、2019年の治療実績は手術が4割に上ります。スウェーデンの実に6倍です。
ランセットやニューイングランド・ジャーナルといった一流医学誌に掲載された論文から、放射線は手術と同等の生存率。化学放射線治療は放射線に勝ることが分かっていますから、三段論法的に化学放射線治療が手術を上回ると推測できます。つまり、化学放射線治療がベストです。
最善の化学放射線治療に代わって手術が行われると、弊害があります。広汎子宮全摘手術では、子宮に加えてリンパ節と卵巣も切除。卵巣は女性ホルモンを分泌しますから、その補充は一生必要で、リンパ節切除による脚のリンパ浮腫が重く残ります。浮腫がある脚は2倍くらいの太さになりますから、温泉や海水浴には行きにくい。
もちろん、化学放射線治療にも下痢や胃腸障害、吐き気などがありますが、一時的です。この点でも世界標準の化学放射線治療に分があります。男性も、手術がベストではないことを頭に入れておいてください。もし妻がマザーキラーに襲われたら、夫も他人事では済みませんから。