上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

男性と女性ではリスク因子が異なるケースがあると意識したい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 今年9月、男性と女性では心血管イベントのリスク因子にいくつか“違い”があるという研究が世界的医学誌「ランセット」で報告されました。カナダのマックマスター大学の医師らが、35~70歳の約15万6000例を対象にした大規模前向きコホート研究において、さまざまなリスク因子と主要心血管イベント(心血管死、心筋梗塞、脳卒中、心不全の複合)の関連を解析したところ、男性は女性に比べて「脂質=コレステロール」と「うつ症状」で心血管疾患リスクと関連が強く、一方、女性は「食事」との関連が強かったといいます。

 もともと、心臓疾患の中には、男性と女性で発症数や症状にはっきりした差が表れているものがあります。たとえば、高齢女性では「大動脈弁狭窄症」が多く、男性は狭心症や心筋梗塞などの「冠動脈疾患」が多いことが知られています。こうした男女差は、年齢に応じたホルモンの働きや日頃の生活習慣の違いが要因と考えられているので、今回の研究で報告されたリスク因子に男女差があっても不思議ではありません。

 なぜ、男性は「脂質=コレステロール」と「うつ症状」が心血管イベントとの関連が強いのかについて、はっきりしたことはわかっていませんが、いくつか理由が考えられます。男性は20~50代はもちろん、60歳を越えても外で働いているケースが多いため、生活習慣が偏る傾向があります。昼食は外食でパパッと済ませ、夜は会合や接待で外食したり、仕事終わりに同僚と居酒屋などに飲みに行く機会も少なくないでしょう。外食は、高カロリーかつ高脂肪のメニューが多く、野菜、豆類、海藻類などがどうしても不足気味になって栄養が偏ります。そのため、コレステロール値も上がってしまうのです。コレステロールは体を正常に保つ働きがある重要な脂質ですが、悪玉といわれるLDLコレステロールが増えすぎると、血管の壁に蓄積して動脈硬化の原因になり、動脈硬化は心臓疾患や脳卒中を招く大きなリスク因子です。

 また、長期にわたって外で働く男性は、仕事の成果を求められたり、夜遅くまでたくさんの仕事をこなしたり、職場での人間関係などで大きなプレッシャーを受ける機会も少なくありません。それだけ精神的な負担も増大し、うつ症状が現れやすい環境で生活しているともいえます。

 さらに、男性の活力に関与するテストステロンというホルモンの値も20代に比べて50代では3分の2以下、60代では急速に減じて2分の1以下になり、「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)」という男性更年期障害の認識も高まっています。これも男性のメンタル面に影響します。

 うつ症状はストレスと深い関わりがあり、自律神経のバランスが崩れて副腎皮質ホルモンや甲状腺ホルモンの血中濃度が増加したり、神経伝達物質が増えたりします。いずれも、過剰になると血管や血流に悪影響を与えるので、心臓に負担がかかってしまうのです。

■人工甘味料でもリスク上昇

 一方、女性のリスク因子として「食事」との関連が強かったのは、家庭で生活する時間が長いためだと考えられます。近年はずっと外で働く女性も増えていますが、結婚を機に専業主婦として家庭に入る場合もまだ多いといえますし、心臓疾患の発症リスクが上がる高齢世代の女性ではさらに多いといえるでしょう。

 家庭にはあれこれ食品が備蓄されていて、思い立ったらすぐに何か食べることができるので、知らず知らずのうちに食べ物を口にしている回数が多くなりがちです。お菓子やケーキといった甘いものをちょこちょこ食べているケースもあるでしょう。そうした積み重ねが内臓脂肪を増やしたり、肥満につながります。

 家庭で過ごす時間が多い女性は運動不足にもなりやすく、なおさら肥満を招きやすいといえます。肥満は、脂質異常症、高血圧、糖尿病のリスクを高めます。これらは重なれば重なるほど動脈硬化が進行し、心臓疾患が発症しやすくなってしまうのです。

 また最近、フランス国立衛生医学研究所などの研究で、人工甘味料の総摂取量が多い人は、心血管イベントのリスクがアップすると報告されています。近年は、人工甘味料を使ったスナックや飲料、低カロリーのインスタント食品などが増えているので、家庭で無意識に口にしている人は注意したほうがいいかもしれません。

 冒頭でお話しした研究論文では、「男性と女性で同様の心血管疾患予防戦略をとることが重要」としています。もちろんそれは大前提としたうえで、男性と女性ではかかりやすい心臓疾患が異なるケースがあり、より注意すべき生活習慣もあると意識しておきましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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