在宅医療を行う上で、大きな仕事のひとつに環境調整があります。
具体的には患者さんが病院から退院し、自宅療養を始める前に、療養に適した環境に整えることを意味しています。介護用ベッド、ポータブルトイレ、手すりなど、患者さんの様態やADL(日常生活動作)のレベルに合わせて用意します。
ただ、いきなり自宅に介護用ベッドやポータブルトイレがあると、患者さん自身が強い拒否感を持つ場合もあります。その場合は先に導入せず、とりあえず家に帰っていただき、本人と相談しながら介護ベッドを入れたりします。ある意味、心の環境調整ともいえるものですが、ベッドやトイレの手配を整えるのと同様に、大切であると考えています。
患者さんやご家族の思い、疑問、不安はさまざまです。Aさんには受け入れてもらえる内容も、Bさんは違うかもしれない。なるべくそれぞれの思いに添うように努めています。
90歳の心不全、心筋梗塞を患う女性患者さん。実は数カ月前にも在宅医療を検討され、ご相談をいただいていたのですが、その時は体調も良く、通院しながら投薬により調整することに落ち着きました。
ですがここにきて、かかりつけ医師の勧めで在宅医療を導入することになりました。従来通り外来受診は継続するものの、緊急時の連絡先の確保の目的もあり、また今は元気でも年齢的に、いつ何があるかわからないことから、私たちの診療所へ連絡があったのです。
「こんにちは、医師の○○と申します。体調どうですか?」(私)
「はい、まあまあです!」(患者)
「ベッドは普通のベッドで、手すりは手作りです。入院先の先生にはいきなり歩かせることは相当な問題だって言われたんですよね。びっくりしちゃって」(息子)
カテーテルなどの外科的手術はせず、投薬だけで病状の安定を自宅で図るということに、一抹の不安や動揺を隠せないご様子でした。患者さんがいない場で、息子さんとやりとりをしました。
「今日診察してみた結果は恐らく落ち着いています。ただ、治療歴から見ても今後いつ状態が変わってしまってもおかしくないと思います」(私)
「はい、もし具合が悪くなったらかかりつけ医に連絡した方がいいですか? もしくは普通に救急車?」(息子)
「具合にもよりますが、どちらにせよ何かあったら、私のところに連絡してください」(私)
「はい、救急車を呼ぶ前に連絡します」(息子)
「あとは、もう一点。救急車を呼ぶまでもなく、朝起きたら呼吸が止まっています、心臓が止まっていますって時はうちが介入させていただきます。在宅医療につながっているので、不審死にはならないですよ」(私)
ご本人はもとより、ご家族が抱える心の不安を見つけ、細かくしっかりと下支えしていく。患者さんのより良い療養環境を整えることにつながっていきます。