ワーケーションが睡眠中の自律神経を整えて動脈硬化を抑える 日本人研究者が初めて証明

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 ワーケーションという言葉をご存じか? ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語で、リゾート地などで休みを取りつつリモートワークをする働き方をいう。テレワークと混同されがちだが、会社から決められた場所でのみ業務が認められるテレワークとは異なる。ワーケーションは想像するだけでも健康に良さそうだが、医学的にどのように有益なのかがわかっていなかった。それをハーバード&ソルボンヌ大学医学部客員教授の根来秀行医師らの研究グループが世界で初めて明らかにして、国際的医学誌「Healthcare」に論文掲載された。根来教授に話を聞いた。

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「新型コロナの感染拡大をキッカケに多くの人がリモートワークをするようになりました。その普及は多くの職種において毎日同じ場所に通うことの意味を失わせつつあります。その代わりに各自が自分の裁量で好きな場所で好きな時間に仕事をするワーケーションという新たな働き方が注目され、企業によってはその導入の検討が進んでいます」

 確かにワーケーションなら満員の通勤電車や会社内の人間関係などのストレスから解放され、健康に良く、労働生産性がアップするように感じる。企業側も従業員の交通費や事務所費用、光熱費などの削減につながるうえ、従業員の健康やモチベーションのアップにつながるとしたら、企業の業績アップにもつながる。つまり、ワーケーションは従業員にも企業にも有益な新たな働き方になりうる。実際、心拍や脳波、活動量などを最先端センサー装置を用いて集めたデータにより個々人のパフォーマンスを分析し、その向上を提案してきた。こうした研究や実践の手法をもとに、ワーケーションによって従業員の「働くスタイル」が変化し、日常業務の効率化につながる可能性を見いだしているという。

「しかし、ワーケーションが実際の労働生産性に与えるエビデンスが少ないことが障害になって法整備などが進みません。そこでワーケーションが医学的にどう有益なのかを明らかにする必要が出てきたのです。国内大手企業数社などの協力を得て、従業員にワーケーションを実際に行ってもらい、その時の健康状態を調べる実証実験を行ったのです」

■血圧、心拍数、自律神経の状態を詳細に測定すると…

 対象となったのは大手企業に勤める健康な男性9人、女性11人の計20人。年齢は25~42.8歳で体格指数(BMI)が22.3±2.8だった。20人には、ワーケーションを通じて自分に合ったコンディションの整え方を知り、自分のパフォーマンス向上方法を確かめられるプログラムを用意。千葉県勝浦市と静岡県浜松市にある5つ星のリゾートホテルで5日間のワーケーションを行った。

 海が見える部屋の装飾品は同じで、食事も均一だった。

 5日間の日課は午前7時起床、日光浴をしたあと、コップ1杯の水を飲み、均一な朝食を取り、シャワーを浴びる。7時30分からマッサージを受けて午前9時から10時まで参加者同士で意見交換。午前10時から11時30分まで重要な仕事をこなし、11時30分から12時までウオーキングか音楽に合わせたエクササイズを行った。

 正午から午後2時までは昼食と昼休みと15分以内の昼寝。午後2時から4時までは創造性と記憶力を高める作業を行った。

 午後6時から午後7時まではジョギングや筋トレを行い、午後8時から午後9時までは均一な夕食を取った。

 午後9時にスマホやパソコンなどの電子機器の使用は禁止され、午後10時バスタイム。午後11時以降はお茶と牛乳は許可された。

 なお、ワーケーションの効果を評価するために、ワーケーションする前、最中、後に動脈硬化、血圧、心拍数並びに24時間自律神経の状態、活動状態などを詳細に測定したという。

「さまざまなデータを計測して統計的に分析した結果、睡眠中の副交感神経を反映する値が有意に高くなった人が一定以上いて、この人たちは血管が硬くなる指標が低下したことがわかったのです。つまり適切なワーケーションは睡眠の質を改善し、動脈硬化の進行を抑える可能性があるということです」

 動脈硬化が引き起こす病気は、高血圧のほかに、狭心症や心筋梗塞といった心臓の病気、脳梗塞や脳出血などの脳の病気、さらには下肢閉塞性動脈硬化症などの足の病気などがある。

 今回の研究からワーケーションはこれらの病気の発症リスクを防いでくれる可能性があることが明らかになった。

「日本は65歳以上の割合が人口全体の21%を超えた超高齢社会で労働人口は減少傾向にあります。企業は働く人の健康に配慮しながら、より生産性を上げる工夫をしなければなりません。ワーケーションはその解決のひとつになる可能性があるのではないでしょうか」

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