「一生飲まなきゃいけない薬はない」 高齢者の薬の正しい飲み方とやめ方 在宅医療の名医が語る

「一生飲まなくてはいけない薬」はない
「一生飲まなくてはいけない薬」はない

「血圧の薬は一生飲み続けなくてはいけない」──こんな言葉がまかり通っているが、本当だろうか? 高齢になれば筋肉が衰え、体重も落ちていく。薬を飲み始めた40~50代とは体重も食べる量も運動量も違う。まして、その当時の正常値と70代以上の正常値が同じである必要はないはずだ。毎年200人を看取る在宅診療の名医で「しろひげ在宅診療所」(東京都江戸川区)の山中光茂院長に話を聞いた。

「一生飲み続けなくてはいけない薬なんて基本的には存在しません。もちろん、1型糖尿病など、もともと体から出るホルモンが遺伝的に欠如していて、薬によって継続的にホルモンを補充し続けなければ体の機能を保っていけない、そんな環境の人がいることも事実です。ただ、そのような環境の方だとしても、身体的な変化、生活環境の変化、本人や家族のいのちの使い方に対する思いの違いによって、薬の必要性は大きく変わります」

 しろひげ在宅診療所では、「病気」を診るだけではなく「生活」を見ながら薬の調整をするという。病気だけを考慮すると、1日3回服薬の薬がベストであったとしても、患者の介護環境や服薬管理を考えた場合、1日1回の薬をあえて選択することもあるという。

「飲みやすい薬の錠形も大切です。飲み込みが悪い高齢者の方に、大きな錠剤を処方したり、錠数が多い薬を処方しても、結果として飲めなかったり、飲み込むときにむせ込んだりすることで、服薬に対して抵抗感が出てしまいます。外来通院の患者では『飲めていない』『飲んでいない』ことを医師に言いづらく、医師は『飲めている』という前提で薬を継続したり増量してしまいます」

 在宅診療で、実際の服薬環境や残薬を確認すると、押し入れからどっさりと病院で断りきれなかった薬が出てくることがあるという。

「いい薬、病気に対して効く薬、という医師の価値基準だけで処方するのではなく、本人や家族が納得して服薬ができる薬をしっかりと選んであげることが大切です。いくらいい薬でも飲めなければ絶対に効果が出ませんし、無理に飲んで薬を詰まらせたり、心不全の患者が大量の薬を飲むために水分を取りすぎてむくみが強くなったり、心臓への負荷が高まり、患者にとってマイナスになることもありうるのです」

■生活習慣の変化も勘案すべき

 たとえば、血圧や糖尿病の症状は生活習慣によって大きく変わる。遺伝性の高血圧や他の疾患から起因する心不全症状が土台にあったとしても、食生活を整えることで血圧を一定の安定した状態に保つことは可能だ。少なくとも薬の減量につなげることはできる。

 逆に食生活の変化や元々の病気の状態の変化に気づかずに医師が漫然と薬を出し続け、それを漫然と患者が服薬し続けると、不必要に「血圧を下げ続けている」状態になることもあるという。

「実際、高齢者が降圧薬や利尿剤により、日々の状態や家庭血圧を確認されないままに漫然と血圧が下げられることによって、めまいやふらつき、脱水症状などにつながることもあります。在宅診療が介入し、血圧の薬を減らしてあげるだけでふらつきがなくなったり、活気が出て食欲や行動意欲が回復することもあるのです」

 たとえば糖尿病に対しても、若い頃から糖尿病治療薬を飲んでいる人が家や病院でしっかりと血糖値を確認しないまま漫然と薬を飲み続け、低血糖で病院に搬送されるケースも少なくないという。

 加齢に伴う変化や他の病気が合併することで食生活が根本的に変化しているにもかかわらず、診察している医師が「糖尿病の専門ではない」という理由で血液検査を十分に確認しないまま、元々飲んでいた薬を継続してしまうケースもある。

「どのような薬であっても『一生飲まなくてはいけない薬』はない。その薬の必要性を『医師に考えてもらう』のではなく、一番自分の体のことがわかっている『自分自身でしっかりと考える』習慣を身につけることが大切です」

 若い頃は運動や食事などで自分の健康を周りに合わせることが可能だ。しかし、高齢になればなるほど持って生まれた「素」の自分が出てくる。だからこそ、高齢者の医療はパーソナルな治療でなければならない。それには患者自身が自分の症状としっかり向き合い、正しく迅速に医療関係者に伝える「言葉」を学ぶ必要がある。そうでなければ、飲む必要のない薬を一生飲む羽目になりかねない。

関連記事