柳沢先生!教えて!睡眠で知りたいこと全部聞いた(前編)「日本人は世界で一番睡眠不足」

柳沢正史氏
柳沢正史氏(C)日刊ゲンダイ
自分が不眠症なのか、きちんとした検査が必要

 ──よく眠れる人と眠れない人がいるのは不公平に思います。なぜ、こんな差があるのでしょうか?

 よく眠れたか、眠れないかは主観的な判断なんです。極端に言うと気にしているか、気にしていないか。睡眠に強いこだわりを持ってしまうと、誰だって完璧な睡眠をとれていないので、気になってくる。それが「不眠」という主観的な症状の訴えにつながっていくわけです。

 ──だとすると気にしなければよい?

 不眠が慢性的に続いて、何か障害が生じる状態を「不眠症」と言います。眠りたくても眠れない。眠る時間を確保しているのに、思うように眠れない。それが不眠症で、こちらは治療が必要です。

 ──不眠の悩みを抱えている人がかくも多いのはなぜですか?

 睡眠誤認という現象があります。患者さんは3時間しか眠れないと訴えているのですが、客観的に脳波を調べると8時間は眠れている。これが睡眠誤認です。そういう方も実は多い。

 ──自分の主観で判断せずに、実際何時間眠れているのか、また、その睡眠時間が適正なのか、客観的に調べないといけませんね。

 それが理想で、わたしたち、国際統合睡眠医科学研究機構は脳波で睡眠を計測する「株式会社S'UIMIN」という組織を立ち上げました。主観不眠を訴える患者さんはすごくつらいけれど、客観的に調べると眠れている人もいる。客観的にジャッジができれば、それで安心できるかもしれない。一方、客観的に見ても眠れていない患者さんには、眠っていただかないといけない。治療法も全然違ってくるわけです。

脳波で睡眠を計測(提供写真)
脳波で睡眠を計測(提供写真)
寝不足はやはり、寿命を縮める

 ──どうやったら計測できるんですか?

 提携している医療機関が全国で70カ所くらいあります。そこに行って検査を処方してもらうとデバイスが送られてきます。

 ──睡眠不足の人はやはり、病気になりやすかったり、寿命が長くなかったりしますか?

 寝不足の人は死亡リスクが確実に上がります。寝過ぎの人も死亡リスクは上がりますが、これは因果関係が逆なんです。9時間以上眠るような方は何か寿命を短くするような身体的な持病をかかえている可能性がある。そのせいで睡眠時間が長くなっているのかもしれない。だとすると、因果関係が逆になります。

 ──寝不足の方は寿命を縮める?

 寝不足だと寿命は短くなります。寝不足は確実にさまざまな病気の原因になるからです。メンタル、メタボ、認知症、がんなどで、多くの場合、相互リスク関係にあります。メンタル、メタボが悪くなると睡眠も悪くなるのです。

 ──睡眠時間とがんの発症率について、因果関係を示す客観的なデータがあるのですか?

 がんに関してはそこまで単純じゃなくて、慢性的な睡眠不足だと免疫系がダメになってがんのリスクが増えるのです。問題は睡眠の量だけではなく、シフトワークでもリスクが上がります。時差ボケが連続しているような状態が続くと乳がんのリスクが上がったのです。20年くらい前にアメリカの看護師さんで日勤、夜勤の切り替えがしょっちゅうある人と日勤だけの人のデータをとりました。そのスタディーでは、シフトワークのある人の乳がんリスクが2倍近く増えました。

 ──人は何のために眠るんですか?

 それは分かっていないですね。

 ──だけど、眠らないといろんな症状が起きるということは分かっている?

 ラットの実験では、強制的に眠らせないと体重が激減して死んでしまいました。

 ──人はほっといたら自然に眠れるものなんですか?

 睡眠欲求が高まると“ししおどし”のように睡眠のスイッチが入ることは分かっています。健常な人で、何も社会的に制約がなく、全く自由に生活できる環境におけば人間の場合、ほとんどの人は夜暗くなると自然に眠って、朝明るくなると自然に起きるようになる。

睡眠時間(調査票)と総死亡率の関係(提供画像)
睡眠時間(調査票)と総死亡率の関係(提供画像)

 ──だとすると、仕事のストレスや、通勤のストレスから解放されれば、不眠症もなくなりますか?

 そうでもなくて、実は不眠症の患者さんは何の制約がなくても眠れないと訴えてきます。むしろリタイア生活になると不眠症が急速に増えるんですよ。自分の時間が自由になった途端に不眠を訴える人が多い。

 ──なぜ、仕事をしていないのに眠れないのでしょうか?

 働き世代の日本人は圧倒的に睡眠不足なんです。その人が必要としている睡眠時間を確保しない生活習慣が続いている。これは睡眠学の世界では病気です。睡眠が足りていないと自覚しているかはともかく、睡眠不足はさまざまな昼間の症状に出てくる。単純に昼間眠くなるのもそうです。それにもかかわらず、夜眠る時間を確保できないのは、広い意味での行動障害、依存症と言ってもいい。そうした睡眠負債をなんとかごまかして生きてきたのに、リタイアした途端に夜の時間が自由になる。そうすると急にこんなはずじゃなかったってことになるんですよ。それでなくても、年をとれば脳が必要としている絶対的な睡眠量は減ってきます。若い頃は朝までぐっすり眠れていたのに今は途中で起きてしまう、なかなか寝付けない。リタイアすると、睡眠欲求がたまっていないからますます寝付けない。そういうことが重なると、気にする人はどんどん不眠症になっていく。

 ──睡眠時間はあまり気にしなくていいのですか?

 過度に気にする必要はありません。一番大事なことは自分にとって十分な睡眠時間を確保することで、日本人はそれができていない。自分にとってこれだけ眠れば十分という時間を見つけて、それを確保しさえすれば、それ以上気にする必要はないのです。

 ──他の国の人はもっと眠れていると聞きました。日本人だけが睡眠不足?

 不眠症は世界中にあります。どこの国でも5人に1人は不眠症ですが、睡眠不足に関しては日本人はダントツです。たとえばヨーロッパ人は昼間眠いと体調が悪いと判断しますが、日本人は違う。昼間眠いのは当たり前のように感じている。寝る間も惜しんで働いているんだから、昼間眠いのはしょうがないと思っている。こうした考え方は日本固有です。

 ──よく眠った方が生産性が上がるのですか?

 国民の平均睡眠時間とGDPの関連性を比べてみると経済的に豊かな国の方がむしろよく眠っています。寝る間を惜しんで働くのはナンセンス。日本と韓国だけが極端に睡眠不足なのですが、これは遺伝とかではなく、完全な社会問題だと思います。

 ──日本人は考え方を変えなければいけませんね。

 1日24時間しかないじゃないですか。睡眠時間は住宅ローンみたいなものなんですよ。決まった給料の中でまず確保し、絶対に毎月返さないといけない。そんなふうに考えないといけないのです。私の場合は夜0時から朝7時までは睡眠以外のことはしないと決めておく。もちろん、守れない日もたくさんありますよ。でも、原則そうだと決めておくと、それ以外のことは朝7時から夜0時までの間にやらなければいけない。でも、日本人は一生懸命働き、付き合いや趣味にも時間をかける。通勤時間もある。で、余った時間に寝ましょうってことになる。これは破綻します。余ったお金で住宅ローンを返していたら、破綻するでしょ?(=後編につづく)

▽柳沢正史(やなぎさわ・まさし)筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長。1960年5月生まれ。睡眠覚醒を制御する神経伝達物質オレキシンの発見者。米科学アカデミー正会員。紫綬褒章、朝日賞など受賞多数。

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