Dr.中川 がんサバイバーの知恵

歌手・水木一郎さんが他界…肺がんの脳転移は放射線と薬の順番で予後が変わる

水木一郎さん
水木一郎さん(C)日刊ゲンダイ

 歌手・水木一郎さんの命を奪ったのは、肺がんでした。享年74。先月27日にライブでステージに上がってから9日後の訃報でした。肺がんは罹患数2位、死亡数1位で、日本人に多いがんですから、人ごとではありません。

 報道などによると、昨年4月に見つかった肺がんを今年7月に公表したときは、脳とリンパ節に転移し、髄膜播種を起こしていたといいます。がん判明から2年もたたないうちの悲報となったのは髄膜播種の影響が大きかったでしょう。

 髄膜は、頭蓋骨と脳の間にあって、脳を保護している膜です。その膜の中では、脳の内部でつくられた脊髄液が循環していて、脳の表面で吸収されます。

 その脊髄液に転移したがんが散らばった状態が髄膜播種。実は、脊髄液の循環がポイントで、がん細胞がこの流れに乗って、脳のあちこちで脳神経障害を起こす恐れがあるから厄介です。髄膜は脊髄にのびていて、それによって脊髄液の循環も脊髄に達するため、障害の広がりが、脊髄や末梢神経に及ぶこともあります。

 この病態のため髄膜播種の予後はとても悪い。無治療だと、その生存期間中央値は4~6週間。治療例で2~3カ月とされます。

 体のどこかにできたがんが、脳に転移したのが転移性脳腫瘍です。全がん患者のうち10人に1人が脳転移を起こし、その50%が肺がん由来で、15%が乳がん由来。転移性脳腫瘍との関係においても、肺がんの治療はとても重要です。

 転移性脳腫瘍患者の死因を検討した結果、元の肺がんが原因となったのがほとんどで、転移性脳腫瘍が直接の原因となったのは15%に過ぎませんでした。そのうち80%が髄膜播種です。

 つまり、転移性脳腫瘍でも、脳の実質にとどまる脳転移なら、命に影響しないことがほとんどということ。この差は、とても大きい。私の患者さんでも、脳転移が単発か少数の方は長期生存どころか、治癒したケースもあるのです。脳転移と髄膜播種とは、別の病気といってもよく、脳転移は治療で制御可能ということなのです。

 その治療は何かというと、ピンポイントでがんに放射線を照射できる定位放射線治療と分子標的薬のチロシンキナーゼ阻害薬の組み合わせで、同時併用がベスト。実は、それぞれの治療の順番を調べた研究により、それが最も効果的であることが示されています。定位放射線治療の中でも、ガンマナイフとの組み合わせです。

 ところが、日本ではチロシンキナーゼ阻害薬を先に投与してから、放射線治療が行われることが少なくありません。肺がんや乳がんなどで脳転移が見つかったら、ガンマナイフと分子標的薬を同時に行うこと。ぜひ頭に入れておいてください。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

関連記事