日常生活を送る上で、必要最低限の行動(食事、排泄、入浴、更衣、移動など)を「ADL(Activities of Daily Living)といいます。これに似た言葉に「IADL」があります。
これはADLに(Instrumental=有益・手段的)の頭文字が付いたもの。掃除、料理、洗濯、買い物、電話対応、服薬管理、金銭管理といったさらに高度な判断力や行動力を必要とする生活行動を表しています。
一般的にこのIADLが維持できなくなると、やがてはADLも維持できなくなります。いずれも健康的な生活を送るためには欠かせない前提能力であることに違いはありません。
とりわけ在宅医療を始められる患者さんにとっては、IADLやADLがどの程度のレベルなのかを見極めておくことは、療養を開始する上でも重要なポイントといえます。
なぜなら、介護用ベッドやポータブルトイレ、手すりといった介護用具や設備などの環境調整の内容が、大きく変わってくるからです。
そして在宅医療を導入するタイミングとして、IADLが低下してから始めるのか、それともADLが低下してから始めるのかではその後の療養生活の質も大きく違ってきます。
最近、訪問看護ステーションから紹介を受け在宅医療を開始された95歳の女性がいます。旦那さんと2人暮らしの彼女は、膵がんが肺と肝臓へ転移しており、糖尿病も患っていました。
ADLはほぼ自立しており、どうやら病状が悪化した場合は病院に戻られるおつもりのようです。いつか訪れる旅立ちの日の備えと身辺整理で自宅に戻るために在宅医療を利用したのだと、私たちに打ち明けてくれました。
「こんにちは」(私)
「ごみ屋敷で恥ずかしいね」(患者)
「そんなことないですよ」(私)
初めてお会いした時から自宅を片付けたいという思いが伝わってきていました。
「痛くない?」(私)
「はい、大丈夫」(患者)
「ご飯は?」(私)
「食べてない」(患者)
「なんか栄養があるもの食べたいですね」(私)
「でも吐いちゃうから」(患者)
「吐き気止めもまた出しておきますね、病院でもらったやつより多めに」(私)
「まだ生きられる?」(患者)
「生きられますよ、ある程度、飲んだり食べたりしたら」(私)
「ホントかしら。あと排便ね。看護師さんに浣腸してもらったけど出なかった」(患者)
「出なくていいですよ。食べてないから」(私)
「ご飯粒一粒も食べてない。ちょこっと食べたいなって」(患者)
「ちょこっとならいいですよ」(私)
「わたしは元に戻るんですかね」(患者)
「はい、それはゆっくり」(私)
ご自身に残された時間に限りのあることは覚悟しながらも、自宅で過ごす大切な時間を、積極的に充実したものにしようとしている--。
そんなご様子に接し、どんな患者さんの小さな思いにも、できるだけ寄り添いサポートしよう。それが在宅医療に求められるもっとも大切なニーズなのだと、思いを新たにしたのでした。