名医が答える病気と体の悩み

認知症の初期症状で「嗅覚障害」が起こるのはなぜか?

においを感じる嗅覚野は「海馬」と隣接している(C)PIXTA
においを感じる嗅覚野は「海馬」と隣接している(C)PIXTA

 認知症の早期発見の手がかりとなる症状のひとつに「嗅覚障害」があります。認知症の検査に嗅覚の異常を調べる項目はありませんから割合ははっきりしていませんが、発症の約10年前、いわゆる認知症の前段階の軽度認知障害(MCI)の頃から、嗅覚は低下しているといわれています。

 たとえば鳥取大学医学部の浦上克哉教授のリポート「においと嗅覚の最新研究」では、「嗅覚機能検査キット(OSIT)を用いて嗅覚機能を調べたところ、アルツハイマー型認知症では正常な高齢者に比較して早期から嗅覚機能が低下していることを確認した」と書かれており、嗅覚障害と認知症の関係は複数の論文などで報告されています。

 理論的にも説明が可能です。われわれがにおいを感じるのは、空気中のにおいの分子が鼻粘膜に付着し、嗅細胞を通じて嗅神経を刺激、これが脳の前頭部にある嗅覚中枢「嗅覚野」に伝わります。この嗅覚野は、脳の記憶や学習能力をつかさどる「海馬」と隣接しています。そのため、主に海馬の障害が原因である認知症の初期症状である物忘れ兆候が出始めれば自然と「嗅覚野」にダメージを与えます。

 たとえば、アルツハイマー型認知症の患者さんは、「アミロイドβ」や「タウタンパク質」といった特殊なタンパク質が脳に沈着しています。初期段階では、とくにアミロイドβが短期記憶をつかさどる海馬から順にたまっていき、脳を萎縮させます。認知症の方が最初に新しいことが覚えられなくなるのはそのためですが、同時に脳が萎縮することで「アセチルコリン」などの神経伝達物質が減少します。アセチルコリンは嗅覚と密接に関わっていて、嗅神経の障害が引き起こされるため、記憶力の低下とともに嗅覚障害も起こっているのです。

 もちろん、嗅覚障害の原因は認知症だけでなく、アレルギー性鼻炎、近年は新型コロナウイルスなどさまざまです。認知症に伴う嗅覚障害かどうかを見分けるには、「長年にわたって徐々ににおいを感じなくなっているかどうか」をチェックします。アレルギーのように急に発生したり、悪化と回復を繰り返すものは該当しません。

 40代、50代までグルメだった人が、60歳前後から大きな理由もなく食に興味がなくなったり、若い頃に比べてかなり食欲が落ちたという方で、記憶力の低下などの症状もあれば、主治医に相談してみるとよいでしょう。認知症の初期症状として嗅覚が低下したことで、味覚も落ちて食への関心が薄れた可能性も考えられるからです。

▽安成英輔(やすなり・えいすけ) 白金高輪駅前内科・糖尿病クリニック院長。岩手医科大学医学部卒業。順天堂大学医学部付属順天堂医院(内科・代謝内分泌内科)勤務などを経て、現職。日本糖尿病学会専門医、難病指定医、日本内科学会認定内科医など。

関連記事