基本的に患者さんの自宅に上がり込み、患者さんとご家族の生活の中に入り込まなければ成り立たない在宅医療は、患者さん側と診療所側の双方が十分に納得しあわなければ成立しません。
ですが患者さんの中には、なんらかの理由によりその気がなかったり、そればかりかご本人は在宅医療を拒否しているのにご家族の意向で始めたといったケースもあるのです。その場合も私たちは、患者さんにどのような選択がより良い療養となるのかを考え、包括的に判断するようにしています。時にそれが在宅医療ではなく、入院や通院がより良いと判断することも。そういう場合も丁寧に説明しています。
この春から私たちの診療所で在宅医療を開始した50歳の女性。子宮がん末期、うつ病、がん性疼痛を患っておられ、妹さんと同居されています。
昨年の9月に子宮体がんの出血性ショックで大学病院に搬送され、輸血の処置を受け、精査のため入院を勧められたとのこと。しかし「海外に行くから」と精査もせず退院。その後、通院していませんでした。
それがある日、妹さんが当院に突然来られ、在宅医療を申し込まれたのでした。
妹さんの話によれば、退院後にだんだん家で動けなくなり、気が付けばもはや動けない状態に。食事もスープやレトルトなどを食べていたが、ここ2~3日はろくに食べられていない。でも救急車での搬送は希望せず、在宅で痛みを取ったりして療養していきたい──。
私たちはすぐにご自宅へ伺いました。
「出血が続いてて、輸血もしてるけど、これはね生理じゃなくて、病気からの出血だと思うんです」(私)
「はい」(患者)
「X線撮影による画像評価を受けた方がいいと思うんですが」(私)
「やりません」(患者)
「それは断固として?」(私)
「そうですね。理由が2つあって。1つは私が関わっている慈善団体が宮崎に訪問診療と看護とデイケアを立ち上げている最中で、それが忙しいってことと、もう1つは治療はニュージーランドでやりたいってこと。私、死ぬ時は死ぬ時って思ってます」(患者)
ご自分の病気のこと、自宅療養している現実そのものをまだ受け入れていないご様子。そんな患者さんの思いや不安をつかみ切れない焦りを感じる中、妹さんから驚きの事実を伺うことに。
「(ため息)それ全部ウソです。病気と向き合うのが不安だったり、怖いのかなって思っています。私としてはこのまま姉がつらくないように過ごすことがいいのかなって思ってます」(妹)
「もう一度確認ですが、例えば、今後たくさん出血して意識がないような状態になった時は妹さんがいろいろ決める立場になるということでいいですよね?」(私)
「はい、私で大丈夫です」(妹)
「妹さんのお気持ちも伺いながら、患者さんがつらくないように過ごせるよう考えていきましょう」(私)
「はい。いつもありがとうございます」(妹)
在宅医療にお手上げはありません。少しでも状況を前に進めるため最善を尽くす。そのためにも、患者さんの気持ちに寄り添うことをやめることはないのです。