上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

尿酸値をしっかりコントロールして心臓を守る 心房細動とも関係

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 中年期に尿酸値が高いと将来的な心房細動リスクが大幅に上昇する──。今年1月、アメリカ心臓協会のオープンアクセスジャーナルに、そんな研究結果が報告されました。スウェーデンのカロリンスカ研究所が、30~60歳で心血管疾患の既往がないスウェーデンの一般住民33万9604人を尿酸値の高さで4群に分類し、平均26年間追跡したところ、尿酸値が最も高い上位25%の群は、尿酸値が最も低い下位25%の群と比べると、心房細動リスクが45%高かったといいます。

 尿酸というのは体内でプリン体が分解されてできた老廃物です。強い抗酸化作用があり、酸化ストレスから組織を守る有益な作用を持つといわれています。

 しかし、血中濃度が7㎎/デシリットルを超えると結晶になり、その結晶が関節などにたまって激痛を引き起こすのが「痛風」です。また、高尿酸値が続くと結石ができやすくなり、「尿管結石」などにつながります。

 それらに加え、今回の研究で心房細動との関連が明らかになりました。心房細動は心臓が規則正しい心房の収縮ができなくなる不整脈のひとつで、それだけで命に関わることはありませんが、心不全を合併したり、心臓内に血栓ができやすくなって心原性の脳梗塞を起こすリスクがアップします。

 論文の筆頭著者は、「尿酸が心血管代謝を介する機序によって心房細動のリスクと関連するだけでなく、ほかのメカニズムを介して心房細動の発症に直接影響を与え得ることを意味する。メカニズムの特定にはさらなる研究が必要だが、炎症が関与している可能性がある」と述べています。

 実際、高齢者における心房細動は、加齢に伴う心房筋細胞の劣化で生じた慢性炎症によって起こっているという考え方があります。そのうえで、尿酸値が人体に望ましい値を超えると、炎症のコントロールが不十分になって心房細動につながる可能性が指摘されているのです。

 いまのところ、この研究だけでは、尿酸値が高い状態=高尿酸血症が直接的に心房細動のリスクを高めるのか、尿酸値を下げれば心房細動を予防できるのか、尿酸値は単なるマーカーに過ぎないのか、といったことまではわかりません。ただ、尿酸値が心血管疾患の発症と大きく関係しているという報告が欧米に数多くありますし、高尿酸血症の人の死亡原因の第1位は心筋梗塞などの心血管疾患というデータも出ています。尿酸が基準値を超える状態が続くと、血管の細胞が尿酸を取り込んで血管の壁が厚くなり、血液の通り道が塞がれて心筋梗塞や狭心症のリスクが高まるのではと考えられているのです。また、高尿酸値は動脈の石灰化にも関係していることも明らかになっています。

■薬をうまく使う

 日本人の男性は、戦後のライフスタイルの変化などが要因となり、基本的に高尿酸血症に傾いている人が多くみられます。実際、日本では痛風患者が約100万人、無症候性高尿酸血症は500万人いると推計されています。痛風や結石といった高尿酸血症による疾患はもちろん、心臓を守る意味でも、尿酸値をしっかりコントロールすることは大切です。

 尿酸値を下げるには、プリン体が多く含まれる肉や魚介類、アルコール類の摂取を控えるなどの生活習慣の改善が重要ですが、それが難しい人は薬による治療を検討したほうがいいかもしれません。尿酸値を下げる薬には、尿酸の生成を抑える「尿酸生成抑制薬」と、尿酸の排泄を促す「尿酸排泄促進薬」の2つのタイプがあります。これらは古くから使われているため、作用機序や副作用についてしっかり把握されていて、効果と安全性が確保されています。

 また、尿酸生成抑制薬は尿酸値を下げるだけでなく、老化防止に関与しているのではないかともいわれていますし、心筋保護の作用があって慢性心不全の進行を遅くするという副次的な効果も指摘されています。ほかにも抗血小板薬と一緒に使ったとき、少量の抗血小板薬でも血小板凝集能の抑制が高くなるという報告もあります。このように、尿酸値を下げる薬は、心臓に対してもプラスに働いていると経験的に考えられている薬なのです。

 ですから、健診などの結果を受けて医師から薬による治療をすすめられた場合、敬遠することなく素直に開始したほうが望ましいというのが最近の考え方になっています。そもそも、そこまで尿酸値が高くなってしまうのは、なかなか生活習慣を改善できないタイプだからというケースが多い。そのため、早い段階で薬を使ってライフスタイルを変えずに尿酸値をコントロールしたほうがよい人はたくさんいます。

 そうした薬をうまく使うことが、痛風や結石などの高尿酸血症関連の病気に加え、心臓疾患からも体を守り、持病はあっても健康寿命を延ばすことにつながるのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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