上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

睡眠時無呼吸症候群の治療装置CPAPが心臓を守り若さを保つ

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 睡眠時無呼吸症候群(SAS)に代表される「睡眠呼吸障害」は、心臓疾患の大きなリスク因子であることが知られています。今年3月には「循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン」の2023年改訂版も発行され、睡眠と心臓疾患の関係はますます重視されているのです。

 今回の改訂版でも、睡眠呼吸障害はさまざまな循環器疾患に合併して循環器疾患の悪化に関与するだけではなく、循環器疾患の発症そのものに関与するとしています。また、睡眠呼吸障害の合併頻度は、肺高血圧症が89.0%、治療抵抗性高血圧が83.0%、心房細動が81.4%、左心室の収縮機能が低下した心不全が76.0%とのデータもあります。

 海外の研究では、重症の睡眠時無呼吸症候群の患者を追跡調査したところ、12年間で15%以上が重大な心血管系疾患を起こしたが、CPAP(シーパップ)を使っている人は健康な人と同レベルまで心血管死亡のリスクを抑えられたと報告されています。心臓疾患の予防や治療において睡眠呼吸障害の改善は欠かせないといえるでしょう。

 睡眠時無呼吸症候群は、一晩(7時間)の睡眠中に10秒以上の無呼吸が30回以上起こるか、睡眠1時間あたりの無呼吸数や低呼吸数が5回以上の場合に診断されます。熟睡できず日中に強い眠気に襲われるだけでなく、就寝中に低酸素の状態になって交感神経が活性化し、血圧が上昇して動脈硬化を促進したり、拍動数が増えて心臓に大きな負担がかかり心機能が低下したり、酸化ストレスによって血管が傷つきやすくなったりします。その結果、狭心症、心筋梗塞、心房細動などのさまざまな心臓疾患につながるのです。

 心臓を守るためにも、睡眠時無呼吸症候群に該当する人は治療が重要です。その治療では、「CPAP」と呼ばれる装置が広く使われています。エアチューブを接続した鼻マスクを装着し、装置本体から適当な圧を加えた空気が送り込まれることで気道が広がり、無呼吸やいびきを改善させるものです。

 私のまわりでも、実際にCPAPを使っている人がたくさんいます。そうした人たちに話を聞いてみると、「毎日きちんと装着していると、出張や外泊のときに装置を持参せず数日装着しないと、途端にガクッと調子が悪くなる」「最初はマスク装着に抵抗感があったけれど、始めて2~3日で体調がよくなって、今では手放せない」といった声が聞こえてきます。

 ほかにも、「起きたときにすっきりしているので二度寝をしなくなった」「マスクを装着していると、自然に口を閉じて寝なければならないので、起きたときに喉がカラカラに渇いていることがなくなった。定期的に通っている歯科では口腔内が格段にきれいになったと指摘された」と、やはり健康にとってプラス効果を実感している人が多い印象です。

 さらに最近は、循環器を専門にしている医師たちからの「CPAPは抗加齢医療(アンチエイジング)にも効果的ではないか」といった意見を耳にします。大規模な臨床試験の結果やしっかりした研究データがあるわけではないのですが、実際の現場ではそう感じているようです。たしかに、私の知人の中にも、十数年前に奥さんと死別した後にCPAPを開始してから、見た目にもまったく加齢を感じさせない方がいます。

 CPAPによって無呼吸やいびきが改善されることで熟睡できるため、就寝時に分泌される成長ホルモンが増加し、脂肪の分解、筋肉の増強、意欲の生成などが促進されるといわれています。通常、成長ホルモンは30歳を過ぎると分泌量が減りますが、睡眠の質が下がっているととりわけ急激に減ってしまいます。CPAPにはそれを改善する可能性があるといえるでしょう。

 そもそも、体内に十分な量の酸素を取り込むことは健康にとって有益だと考えられます。CPAPを使っていれば、毎日、就寝している6~8時間にわたって酸素が送り込まれるわけですから、使用している人と使用していない人では、間違いなく大きな差が生まれるといえるでしょう。

 ただし、現時点ではCPAPはあくまで睡眠時無呼吸症候群の診断を受け、治療として保険適用(3割負担で月4700円程度)になるので、アンチエイジングや予防を目的として使うなら装置を自費で購入する必要があります。最近は改良によって本体がタブレットPC程度にまで小型化されているタイプも登場しています。

 価格は20万~50万円程度のものが一般的ですが、人生の3分の1を占めるという睡眠の時間を健康のために活用すると考えれば、決して高くはないかもしれません。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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