第一人者が教える 認知症のすべて

「海馬の萎縮=アルツハイマー病」とは限らない 慎重な鑑別が必要

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 認知症とは、いったん獲得した認知機能(記憶や判断、計算など)が低下することで、日常生活や社会生活に支障をきたしている状態です。

「認知症=アルツハイマー病」と思われがちですが、認知症の中にもさまざまな病気があります。

 もう少し付け加えると、画像検査で海馬の萎縮が見られると「海馬の萎縮=アルツハイマー病」とされやすい。確かにアルツハイマー病は脳の海馬から萎縮していきやすいのですが、イコールで結びつけてしまうと、間違った診断につながりかねません。

 たとえば、認知症のひとつである前頭側頭型認知症。ピック病とも呼ばれるこの病気は、前頭葉や側頭葉のいずれかが萎縮し始めることで発症します。ただ、患者さんによっては頭部CTを見たとき、前頭葉・側頭葉の萎縮に伴い、海馬の萎縮も起こっているケースがあります。

 その海馬の萎縮が、アルツハイマー病の患者さんのCTと比較しても強かったりすると、認知症を普段から診ている医師でもアルツハイマー病と診断してしまう可能性があります。

 前頭側頭型認知症は、アルツハイマー病の進行を遅らせる抗認知症薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)の有用性は示されておらず、むしろ症状が強く出てしまうこともあります。どんな薬でも副作用のリスクがありますから、安易に処方するのは避けなくてはならない。

 そういった意味でも、認知症と診断した場合、認知症の中でもどの病気に該当するのか、慎重に鑑別診断を行わなければなりません。

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アルツハイマー病か、それ以外の「治らない認知症」か

 病院で「治る認知症(二次性認知症)」ではない、つまり「現時点では治らない認知症(一次性認知症)」と診断された場合、その大半を占めるアルツハイマー病か、またはそれ以外か、を見極めることは重要です。

 なお、治る認知症については、〈表〉を参照してください。1965年に正常圧水頭症による認知症がシャント手術で改善することが報告されて以来、「treatable dementia(治療可能な認知症)」という概念が注目を集めるようになりました。

 2011年に米国立老化研究所とアルツハイマー協会が提案した国際診断基準(NIA-AA)では、「ほぼ確実なアルツハイマー病」として次の項目を挙げています(一部、わかりやすい表現に変えています)。

【診断基準】

 認知症があり、以下のA~Dを満たすこと。

<A>数カ月から年単位でゆっくり進行する

<B>認知機能の低下を示す客観的な病歴がある

<C>以下の1つ以上の項目で病歴があったり、検査で明らかな低下が見られたりする

・健忘症
・失語(言葉を正しく言えない)、視空間障害(手指の形の模倣ができない、よく知った道で迷う、簡単な道具の操作ができない)、遂行機能障害(設定した目標に対して計画、効果的に行動できなくなる)

<D>前頭側頭型認知症や血管性認知症、レビー小体型認知症などほかの認知症に該当しない

 アルツハイマー病以外の認知症(NIA-AAのDの項目内容)について、それぞれ簡単に紹介します。

【前頭側頭型認知症】

 大脳の前頭葉や側頭葉を中心に変性をきたすもので、難病指定されている。症状は、人格変化や行動障害、失語症、認知機能障害、運動障害など。

【血管性認知症】

 脳梗塞や脳出血などの脳血管の病気の結果、起こる認知症。脳血管の病気が起こるたびに、認知機能が低下していく。

【レビー小体型認知症】

 大脳の後頭葉に主たる変性が起きる認知症で、早期から幻視、妄想、パーキンソン病のような症状(動きが遅く筋肉が硬くなる)などが起こる。

◆代表的な治る認知症◆

慢性硬膜下血腫
正常圧水頭症
脳腫瘍
多発性硬化症
甲状腺機能低下症
糖尿病性認知症
肝性脳症
アルコールによるもの
うつ病(仮性認知症)

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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