「認知症の母親が、通販でいろいろ注文をして困ります」と言うのは、40代後半のある男性。
お母さん(70代)は静岡県に1人で住んでおり、男性は東京都在住。認知症が発覚したきっかけは数カ月前。お母さんが「近所の人に財布を盗まれた」と大騒ぎし、警察を呼んでの騒動になったことでした。
財布は盗まれておらず、冷蔵庫から出てきました。以前から家族ぐるみで親しくしていた近所のAさんからの連絡で、実家に急いで帰った男性。AさんやAさんの息子さんから、「あなたのお母さん、最近様子がおかしい。病院で診てもらった方がいいかもしれない」と言われました。
「◎◎◎を盗られた」という訴えはしばらく前からちょくちょくあり、Aさんが一緒にモノ捜しをしたこともあった、と。「盗られた」と訴えるモノはたいてい家の中で見つかり、しかしAさんが「置いた場所を忘れてただけじゃない?」と言っても、「絶対に違う」と主張する。その様子が、Aさんいわく「すごく険しい表情で、人が変わったよう……」。
男性にはひとつ思い当たることがありました。
「母親は、脳卒中の後遺症で半身不随になった父親の介護をしていたんです。その父親が1年ほど前に施設に入り、母親は1人暮らしになった。もしかしたら生活する中で不安や寂しさが増えていたのかもしれない」
今は1週間に1回、実家に帰るようにしている男性。すると冷凍庫にステーキ肉5キロだとか、すき焼き鍋セット5人前だとか、通販で取り寄せた高級食材が詰まっている。「なんでこんなに買ったの。食べきれないでしょ」と言っても、お母さんは「私が買ったんじゃない」と言い張る──。
以前も本欄で紹介しましたが、アルツハイマー病やレビー小体型では、「妄想」がよく見られます。中でも「◎◎◎を盗られた」といった「物盗られ妄想」は、アルツハイマー病の妄想の75%を占めるという報告もあり、女性に多いとも指摘されています。
「物盗られ妄想」も含め、認知症での妄想の場合、どちらかというと「理解できる妄想」です。物盗られ妄想であれば、「自分が大事にしまった物の置き場所がわからなくなった」→「だれか(よくあるのは、身近にいる親しい人)が盗った」となってしまう。たとえばですが、「神様が天から降りてきて持っていった」「自分が天皇家の親戚だから強盗に入られた」といった、「理解を超える妄想」とは違います。
そういった認知症の妄想に対して、周囲が「盗まれていない」と正論をぶつけても、本人を混乱させ、不安に陥らせるだけです。
本人が「盗まれた」と言うのを頭ごなしに否定はせず、「まずは捜してみようか」と一緒に見て回る。そうやって見つかったら、「よかったね、ここにあったね」と言うので十分。「ほら、やっぱり盗まれてなかったでしょ」と責めない。
そして、ここで重要なのは、認知症で起こっているあれやこれやをすべて一緒にして、「困った、困った」としないこと。起きている内容に対して、対処は異なります。物盗られ妄想であれば、前述のように、まずは許容し、相手に寄り添う。
通販で不要なものを購入することに対しては、現実的な対応を。通販会社に連絡し、勝手に購入できないよう手続きを取る。
そして何より重要なのは、認知症患者を多く受け入れている医師の診断を受け、患者さんの状態に応じた対策を講じること。認知機能の低下のスピードを緩める薬が必要な場合もあれば、夜眠れていない患者さんにはその原因を探り睡眠を取れるようにすることが必要な場合もあります。対応はさまざまです。
男性によくよく聞くと、お母さんは病院に行っておらず、実は認知症のきちんとした診断もまだ受けていませんでした。「心配だから、一緒に病院へ行こう」と、お母さんに働きかけるところから始めると、男性は話していました。