医療だけでは幸せになれない

「正しい情報」のあいまいさ…バイアスが情報をゆがめる

写真はイメージ
写真はイメージ

「統計学的に正しい情報」から、「薬を飲むこの人にとって正しい情報」までの距離を考えるといっても丸腰ではどう考えていいのか見当がつかないだろう。ここでは考えるためのさまざまな武器について、しばらく取り上げていきたい。

 その基盤になる「情報の表す3つのもの」という考え方がある。

 情報が表すものは「真実」「バイアス」「偶然」の3つの混合であり、単に正しい/正しくないということではないということである。

「バイアス」とは、偏り、偏見などと訳されるが、何かの要因でゆがめられた情報である。

 極端な例としては、製薬会社がデータを改ざんしたり、都合の悪いデータを削除したりするのも、薬の効果を証明したいという心の動きがデータをゆがめるバイアスになっているというわけだ。

 しかし、バイアスとなるのは、そのような意図的なものでないことの方が問題になる。例えば、がん検診を受けた人と受けない人でがんの死亡率を比較すると、検診を受けたグループで死亡率が低くなることが示されるが、その死亡率低下の陰には常に3つのバイアスがある。

 ひとつは自己選択バイアスと呼ばれるものだが、検診を受けた人は、受けない人に比べてもともと健康意識が高く、日頃から健康に気を付けた生活をしているので、もともと死亡率が低く、検診の効果と無関係に検診を受けたグループで死亡率が低くなる面がある。

 またがん検診では、より早期にがんが見つかるので生存期間が手前に延長されているために、検診で発見されたがんで死亡率が低くなる。

 実際のがん生存期間に差がなくても、検診でなく症状が出て発見された場合に比べて、検診で症状がない時期から症状が出るまでの時間の分だけ、見かけ上、生存期間が延びる。これを「リードタイムバイアス」という。

 さらには、がん検診ではより進行が遅いがんが発見されやすく、早いがんが見つかりにくく、検診を受けたグループでがんの死亡率が低くなる。

 1年ごとのがん検診では、1年の間に急速に進行して死に至るようながんは発見されにくいと言えばわかりやすいだろう。これは「レングスバイアス」と呼ばれる。

■都合のいい結果を出すことも可能に

 高血圧でも同様である。降圧薬を飲んでいる人と飲んでいない人を比べれば、前者は定期的に医療機関を受診し、検査を受け、自分自身でも血圧以外にも気を付けている場合が多く、バイアスを避けがたい。単に降圧薬を飲んでいる人と飲んでいない人を比べ脳卒中の発症を比較しても、それが降圧薬の効果だということはむつかしい。

 マスクの有効性についての情報でもバイアスは避けられない。さらに、コロナに対するマスク着用の効果についても同じことが言える。

 マスク着用者にはもともと他の感染対策にも気を付けている人が多いことからすれば、自己選択バイアスはマスクに関する情報にもそのまま当てはまる。つまり、マスクが有効だという結果は、容易に導き出せる面があるのだ。

 バイアスはデータを集める際と分析する際の両方で考慮する必要がある。バイアスをできるだけ避けながらデータを集め、バイアスをできるだけ考慮した分析を行う必要がある。その配慮がなければバイアスまみれの情報で、個別の判断に役立つどころか混乱を招くだけかもしれない。

 さらにやっかいなことには「バイアスをかけて都合のいい結果を出すことも可能だ」という決定的な問題がある。

 バイアスを避けて正しい情報を得ることは、バイアスを意図的にかけて誤った情報を生み出すことと表裏一体である。捏造や改ざんなど不正をしなくても、表面化しないようなバイアスをかけて都合のいい結果を出すようなことがしばしば行われている。

 マスク着用の効果についての議論を見ていると、効果ありという人もないという人にも、そういう傾向が見られる。結論ありきから、それに都合のいいデータを生み出すというのは、あらゆる状況で避けがたい根本的なバイアスのひとつなのだ。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

関連記事