医療だけでは幸せになれない

選択バイアス、情報バイアス、交絡因子…コントロールできるバイアスと、できないもの

写真はイメージ(C)PIXTA
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 情報を得て、考えて、判断に至るまでの距離について書いているのだが、その隔たりは意外に長い。情報そのものの問題をまず考慮しないといけないのだが、そこにはバイアスが避けられない。バイアスについて知らずに考えることは困難である。そこで、今回も引き続きそのバイアスについてである。

 情報が表す3つのものとして、「真実」「バイアス」「偶然」というフレームを紹介したが、主なバイアス3つといえば「選択バイアス」「情報バイアス」「交絡因子」である。

 まずは「選ぶところにバイアスあり」ということであるが、これは前回紹介したがん検診を受ける人はがん検診以外にも健康に気を付ける人が多く選ばれるために、検診の効果を過大に評価しやすいというバイアスである。マスクをつける人は、マスク以外にも感染対策をいろいろ心がける人が多く選ばれるために、効果を大きめに見積もりやすいというのも同じである。

 このバイアスは、研究を実施する際に自発的に参加者を募る限り、避けることができず、そのうえ医療行為の効果を過大に評価しやすいという大きな問題がある。

 次に「情報バイアス」であるが、情報が入るとその情報によって結果がゆがめられるというバイアスである。コロナを心配して医療機関を受診した人が、マスクをつけている場合には医療者がコロナの可能性を低く見積もり、つけていない場合には高く見積もって、前者での検査が不十分となり、後者でコロナ患者が多く発見されるというような場合である。これも多くの場合、効果を過大評価する方向に働く。しかしながら、マスクをつけている人はコロナをより心配している人が多く、いろいろな情報を得てコロナを心配することが多く、より検査を受けやすいという方向に働くバイアスもある。こうした効果を過大評価する方向にも、過小評価する方向にも働くバイアスは、コントロールが困難なばかりでなく、結果をどちらにゆがめているかがわからず、結果の解釈を困難にする。

 3つ目の「交絡因子」であるが、これは医療の効果を評価する際の最大のバイアスと言ってもいいものである。

 マスクの効果の研究を例に言えば、マスクをつけている人の平均年齢が70歳で、つけていない人が50歳であれば、当然前者でコロナ重症者が多く発生するリスクが高く、マスクの効果を過小評価する方向に結果をゆがめる。この際、後者で重症者が少ないという結果は、マスクの効果というより、年齢が交絡したためにゆがめられているというわけである。

 この交絡因子は、ただマスクをしている人、していない人を比べるだけでは避けることができない。さらには、この交絡因子を意図的に利用すれば、マスクに効果なしという結果も、効果ありという結果もどちらも容易に生み出せる。事実そうした研究は多くある。

■バイアスを避けた研究は難しい

 そこで次にこれらのバイアスをどうコントロールするか、ということになる。前々回、高血圧の例で紹介したランダム化比較試験は、このうち交絡因子をコントロールするために、降圧薬を飲む群と飲まない群をランダムに、何の規則性もなく割り付けているという研究手法である。逆にこのランダム化が行われていなければ交絡因子が避けられない研究の可能性が高いということである。

 さらにこの研究がランダム化二重盲検試験になれば、飲んでいる薬が、見た目には区別がつかず、医師も患者もどちらを飲んでいるかわからないようにして情報バイアスを避ける方法である。しかし、現実には実際の薬を飲んでいれば血圧が下がりやすいし、偽のプラセボを飲んでいれば下がりにくく、研究の過程ではどちらを飲んでいるのかばれやすいという問題もある。

 マスクの研究になれば、見た目が同じ偽マスクを使用するというのはかなり困難だ。情報バイアスを完全に避けるのもまた困難なのである。さらには、ランダム化二重盲検試験であっても、選択バイアスは避けがたい。前回、紹介した自己選択バイアスである。大ざっぱに言えば、バイアスを適切に避けた研究は困難なのである。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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