老親・家族 在宅での看取り方

心不全の80代父親を看る娘「缶ビールやハイボール1缶なら飲んでもいい?」

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 在宅医療を開始する患者さんの大半は、主にがん患者さんに見られるように、ご家族と相談の上で余命を自宅で過ごそうと決めた方です。

 比較的高齢の患者さんでは、これから先、ADL(日常生活動作)が衰えていくだろうと予想し、そのうち通院もままならなくなるだろうからと早めに在宅医療を開始される方も少なくありません。

 都内で1人暮らしをしている82歳の男性も、まさにそうでした。慢性心不全と慢性心房細動、さらに弁膜症を患っています。

 昨年末あたりまでは心機能を保ち、自立した生活を送っていました。娘さんが近くに住んでいて、時折、様子をうかがいに訪れるということ。昨年の冬にコロナに感染し病状が悪化。それに伴いいったん入院し、一時は利尿剤などの内服で症状が改善し、退院する見込みとなったのですが、今年1月に今度は突然脳梗塞を発症。別の総合病院に再入院となりました。

 カテーテルによる血栓回収療法で脳梗塞による麻痺は辛うじてなくなるも、その後に心不全が再び悪化。元の病院に再入院することになりました。もはや強心薬を使用しないと改善しない状態。そのうえ認知症の症状も進行し、さらなるADLの低下を招いてしまい、私たちの診療所での在宅医療を開始されたという事情でした。

「お出かけされているんですか?」(私)

「時々、1人で散歩しているんです」(娘)

「転ばないように。体調はいかがですか?」(私)

「普通」(患者)

「お風呂もだめだよって言ってるんですけど、入ってますし、排便も2日に1回出てます。あの、お酒はちょっととかだめですよね?」(娘)

「僕もお酒好きなので、無理にとは言わないですがね」(私)

「3月に退院してからは飲んでないんですが、その前は350ミリリットルのビールとかハイボール1缶とかですね」(娘)

「それくらいならいいです」(私)

「転倒が一番怖いですよね、やはり」(娘)

「そうですね」(私)

 入院中のベッド中心の生活とは違い、自宅に帰られて、患者さんやご家族もホッとされている様子が伝わってきます。

 慣れた自宅で日常生活を送る中で、患者さんのQOL(生活の質)を維持しながら、ADLの低下をなるべく防ぐ療養生活を目指します。

 特にこの男性のように心不全を患う患者さんは、がん患者さんと違い、退院してからも比較的長く過ごされることが多い。しかし、それでも入院が必要となるレベルの症状悪化でADLは確実に低下していきます。入院しているより、在宅医療の方がQOLが維持されやすいとはいえ、安心はできません。患者さんにとって、その生活がいかに豊かなものか。または、つらい中でも大切な充実した良い時間となるか。そんなマネジメントも在宅医療に求められる仕事だと考えるのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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