老親・家族 在宅での看取り方

最期が近づいているなら…治療によるつらさからは解放してあげたい

写真はイメージ
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 私は最期に「ありがとう」と言い合える人間関係が好きです。もし私自身がその時を迎えたら、心からそう言えるように今を生きていきたいとも考えています。

 東京の城北地域の住宅地に、80歳手前のご夫婦がお住まいになっていました。

 若い頃に今の場所に一軒家を構え、やがて子供たちはみんな巣立ち、2人で静かな生活を送っていました。

 ご主人は野球とたばこが大好き。7~8年前に脳梗塞の発作を起こし、右足のまひと言語障害が残りました。また、奥さまは大病を経験。2人ともまったくの健康体ではないものの、お互いを思いやり、いつも笑顔。楽しそうに会話を交わしながら、日々を過ごされていました。2人で散歩に出掛けるのが日課だったそうです。

 ご主人に息切れの症状が出てきたのは3年ほど前。病院で慢性心不全と診断されました。歩くのが不自由で通院は難しい。病院からは自分で訪問診療の先生を探すようにと言われたとのことで、ケアマネジャーさん経由で当院に依頼がありました。仲の良いお2人に会うのは私にとっても楽しみなこと。しかし今年に入り、ご主人は徐々にベッドで過ごす時間が長くなってきました。そしてとうとう、奥さん、息子さん夫婦に、最期の時が近づいてきていることを伝える日がやってきました。

「小康状態が続いてましたが、ここ1~2カ月で状態が悪くなってきています。お薬の調製をしても、週単位で悪くなってきています。お食事の量も減ってきました。残された時間がかなり短くなってきている印象です。長くても月単位、数日以内に急変のリスクもあります」

 ひとつの指標として、バイタルサインについて触れました。

「本日は血圧140台でしたが、脈が速くなってきています。脱水になっているので心臓がその分頑張っています。また、お小水の量が減ってくるのも、命のともしびが消える時が近づいている目安。お体にお水が先週よりもたまってきているのかなと。今の状態で水が飲めないから、点滴を希望する方もいます。でもお水が通常に代謝できないことも考えられます。すると痰(たん)などが増えて、ご本人につらい症状を与えてしまうこともあります」

 少量の点滴をすることも可能であることを説明し、今後のご家族の希望を伺いました。

「もう苦しいのも痛いのもいいよね。やっぱり自然の方がいいかなって。ただ、痰が一番ね、可哀想で。どうにかならないかなと」(妻)

「痰切りの薬は飲み薬しかないので、お薬が飲みにくくなってきている今の状態でしたら、座薬とかがいいかなと」(私)

「咳(せき)と痰で力が落ちちゃうし」(妻)

「そうですね。絶対に必要なもの以外はやめてしまいましょう。何かあった時にすぐ対応してくれる24時間体制の看護師さんの方が安心かと思うのですが、どうされますか?」(私)

「先生のよく知ってるところでお願いします」(妻)

 最期の時をご家族や隣人が見守る「看取(みと)り」。しかし私は、このご夫婦との関わりもそうですが、看取りとはその瞬間ではなく、患者さんと過ごしてきた期間やその過程なんだと、ここ数年考えるようになりました。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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