老親・家族 在宅での看取り方

65歳の肺がん患者「絶対に治したいと手術も抗がん剤も頑張ったが…」

写真はイメージ
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 その方は65歳の男性患者さん。企業でそれなりのポストまで上り詰め、定年まで勤めあげた方でした。都内・山手線沿線に一軒家を構え、自宅には趣味の鉄道模型の部屋をつくり、人生を通してたばこを愛しておられました。

 定期健診で肺がんが見つかったのは定年から3年が経った頃。絶対に治す決意で国立がん研究センターに入院。年末に手術を受けましたが、翌年1月、術後のCTで再発が確認されました。

 すぐに抗がん剤治療が始まり、計4サイクルでがんは縮小したものの、抗がん剤の合併症である間質性肺炎と長年の喫煙による慢性閉塞性肺疾患(COPD)とで呼吸困難が生じ、外来通院が困難に。5月16日に再度、がんセンターに入院。左気胸を発症し、息苦しさを取るために親指くらいの太さのチューブを胸の中に挿入するなどの治療を受けました。しかし入院中の翌月には小さな気胸の再発が見つかり、経過観察となりました。

 ただ、入院期間中に食事ができなくなってしまったのが大きかった。体重は70キロから45キロまで落ち、自分では歩けなくなってしまったのです。7月上旬には緩和ケア目的で、都内の別の病院へ転院となりました。

 緩和ケア病棟では「なにもしない」治療が中心となります。栄養状態を改善する治療もありません(当院では、この部分も力を入れます)。

 そのため、体重はさらに減少。息苦しさに対する薬が増えると眠くなる症状も出てくるので、一日中寝て、起きているのは、周囲から起こされた薬の時間だけ。

 そこで、家族との話し合いになりました。男性が、ご家族に訴えました。

「がんに打ち勝つために、入院して、手術を受け、きつい抗がん剤治療を頑張った。5月に苦しくなった時も治すつもりで国立がんセンターに入院した。しかし結果としては痩せて、骨と皮みたいになってしまった。今の病院では治療につながることは何もしてくれない。それなら、ここにいても仕方がないのではないか。しかも病院だから、好きなたばこを吸えない。看護師には『(病気は)たばこを吸っていたからだ』と言われる」

 介護に不安を持っていた家族も「お父さん、帰ってきていいよ」となり、7月末に急きょ退院、在宅療養開始となりました。

 自宅では、ご本人はお気に入りの茶の間に介護ベッドを置き、リラックスして休んでおられました。私たち在宅医療チームは男性の栄養状態を支えるためにさまざまな方法を実施。少しではあるものの体重が増えました。ご本人の希望で、リハビリの理学療法士の先生も定期的に来られることとなりました。

 ご自身の「こうしたい」を実に忠実に過ごされる日々。私たちも精いっぱい応援します。予想より長く4週間も自宅で過ごし、最期は笑顔で息を引き取られました。

 奥さまが「最後までやりきれて本当に良かったです。在宅医療チームの皆さんのおかげです」とおっしゃってくれましたが、ご家族が横で支えてくれていたからこそ、ご本人も頑張れたし、私たちも訪問を継続できたのです、とお伝えしました。いつもよりセミの鳴き声のする暑い夏の日でした。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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