上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「閉塞性肥大型心筋症」の手術は合併症に対する注意が欠かせない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

「閉塞性肥大型心筋症」という心臓病があります。大動脈とつながり全身に血液を送り出している左心室の出口にある、右心室との隔壁になっている心室中隔の筋肉が異常なほど厚くなり、左心室から血液を送り出す流出路が狭くなって血圧低下を来す病気です。

 肥大型心筋症は無症状のまま天寿を全うする方も少なくありませんが、閉塞性では心臓から全身に血液を十分に送り出せなくなるため、重症化すると「失神」「心不全」「突然死」という3大症状が現れるリスクが高くなります。

 日本では、肥大型心筋症は難病に指定されていて、2020年度に認定を受けている患者さんは4481人でした。しかし、心臓エコー検査によるスクリーニングでは人口の500分の1(約24万人)~1000分の1(約12万人)で認められるという報告もあります。肥大型心筋症の30%程度が閉塞性といわれています。患者さんの約半数は家族性(遺伝)で、一部は肥大型心筋症に合併する高血圧により心室中隔の筋肉だけが、より肥大化する後天性のタイプもあります。ほかは原因がはっきりわかっていません。

 先ほども触れたように、閉塞性の患者さんは重症化すると命の危険があるので適切な治療が必要です。基本的には心筋の収縮を抑制して酸素消費を抑えることで発作を予防するβ遮断薬や、心筋の収縮に関与するカルシウムの細胞内流入を制御するカルシウム拮抗薬を使って、左心室の過剰収縮を抑える薬物治療が行われます。ただ、あくまで進行を遅らせたり症状の改善を目的とした治療で、根本的に治せるわけではありません。

■カテーテル治療も進歩している

 薬物療法では症状が改善しなかったり、薬の副作用が強く出てしまう場合は、患者さんの全身状態や病状によって、「中隔心筋切除術」という外科手術か、「経皮的中隔心筋焼灼術」(PTSMA)と呼ばれるカテーテル治療が選択されます。

 中隔心筋切除術は、文字通り肥大して厚くなっている中隔の心筋を切り取る手術です。人工心肺装置を使って心臓を止め、大動脈を切除して、大動脈弁越しに見ると張り出している心室中隔が確認できます。その心室中隔の厚くなった部分だけを短冊状に切除するのです。

 ただ、手術中に心臓を止めていると、心臓を拍動させるための興奮刺激の通り道である刺激伝導系が見えません。その部分を切除すると「房室ブロック」を起こす危険があります。心房の興奮が心室まで十分に伝わらず、心室が止まってポンプ機能が働かなくなってしまうため、ペースメーカーを植え込んで一生付き合っていかなければなりません。それを回避するため、経験的に刺激伝導系がある部分を見極め、そこを避けて切除する必要があるのです。

 一般的にはペースメーカーを植え込まないで済むような中隔心筋の切除を行いますが、状況に応じて、植え込み型除細動器(ICD)を設置するケースもあります。ICDは頻拍の発生を検知すると不整脈が停止するよう自動的に電気ショックを与える装置で、突然死の原因となる心室細動を予防します。ペースメーカー機能も付いているため、房室ブロックもカバーできるのです。

 また、心室中隔は左心室の反対側の右心室側にもあります。切りすぎると穴を開けて今度は心室中隔欠損を招いてしまうので、正確な見極めも重要です。

 以前は、中隔心筋切除術は少し“乱暴”な手術でした。かつては心筋保護がそれほど進歩していなかったので、心臓を止める時間を短くしなければいけません。ですから、心臓を止めてから一瞬で左心室の中隔心筋だけを切除し、すぐに縫って、拍動を戻して……という手順で実施されていたのです。しかし、近年は心臓エコー検査機器や心筋保護の進化によって、中隔心筋を切除してから厚さを確認します。

 さらに、閉塞性肥大型心筋症は、合併疾患として僧帽弁閉鎖不全症が生じます。SAM(サム)と呼ばれる収縮期に僧帽弁が心室中隔側へと動く前方運動により、狭窄が起きて僧帽弁がずれて血液の逆流を起こすのです。そうなると心不全を招きます。そのため、中隔心筋切除術では、僧帽弁の修復を同時に実施して手術を終わらせるケースも少なくありません。

 こうした中隔心筋切除術は心臓を止めて行う手術なので、どうしても患者さんの体の負担が大きくなってしまいます。全身状態が悪いなど外科手術が難しい患者さんでは、経皮的中隔心筋焼灼術が選択肢になります。

 カテーテルを太ももの付け根の動脈から挿入し、肥大した心室中隔に酸素と栄養を送っている血管に無水エタノールを注入して、標的とする心筋を焼灼する治療です。時間が経過すると肥大した心室中隔は徐々に薄くなり、症状が改善していきます。傷口が小さくカテーテル治療なので、外科手術が難しい高齢者も対象になります。ただ、追加治療やペースメーカー移植が必要となる可能性もあります。

 このように閉塞性肥大型心筋症は、これまで薬物、外科手術、カテーテルという3つの治療法が行われてきました。しかし、それらの課題や問題点をまとめて解決する可能性がある新薬の開発が進んでいます。次回、詳しくお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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