医療だけでは幸せになれない

繰り返される学級閉鎖 …いまこそマスク着用の有用性についての科学的検証を行うべき

科学的検証が必要(C)PIXTA
科学的検証が必要(C)PIXTA

 コロナとインフルエンザの季節外れの流行が重なり、学級閉鎖が全国で急増している。厚労省が公表している「インフルエンザ様疾患発生報告(学校欠席者数)」2023/24シーズン第5報(10月2日~8日)によると、この週の全国の休校数42校、学級閉鎖学校数は1855校となっている。

 国がマスク着用を勧めるのは以下の状況だが、学校は含まれていない。

・医療機関を受診する時

・高齢者など重症化リスクの高い方が多く入院、生活する医療機関や高齢者施設などへ訪問する時

・通勤ラッシュ時など、混雑した電車やバス(*)に乗車する時(当面の取扱)
(*)概ね全員の着席が可能であるもの(新幹線、通勤ライナー、高速バス、貸切バス等)を除く

・新型コロナウイルス感染症の流行期に重症化リスクの高い方が混雑した場所に行く時

 学校は長時間にわたり、密閉、密接、密集の3蜜が起こりやすい状況にあり、最もマスクの効果が発揮できる環境かもしれない。これまで紹介してきたマスクのランダム化比較試験では、マスクを勧められても実際に着用するのは半分以下に過ぎず、十分な効果が得られなかった面があるが、学校でマスク着用となれば100%近くが着用する状況が達成される可能性が高い。事実、5類変更以前ではマスク着用を勧めていた学校が大部分であった。

 ただエビデンスという面で言うと、これまで紹介してきたランダム化比較試験やメタ分析で学校でのマスク着用の効果を取り出して解析した結果の報告はない。学校でのマスク着用の効果を検討した、それ以外のランダム化比較試験やメタ分析の論文も見つけられなかった。

 しかし、非ランダム化の介入研究や観察研究での報告は多数ある。そのうちのいくつかの研究を見てみよう。

■歴史的に否定されることの多い非ランダム化前後比較試験

 まず非ランダム化前後比較試験である。米国・ボストンで段階的に学校におけるユニバーサルマスキング(人と接する状況では常にマスクをすることを原則にする)を中止していく際の、生徒と教師のコロナ感染をマスク中止前後で比較した研究である。

 マスク中止の前後比較においては1000人当たりの感染が44.9(95%信頼区間 32.6~57.1)増加したという結果である。この感染の増加は教員においてより顕著で、教員1000人当たりの感染が81.7(59.3~104.1)増加、生徒は39.9(24.3~55.4)増加という結果である。

 マスク中止の期間に大きな流行があれば当然こうした結果になる。歴史的に見ても非ランダム化の前後研究の結果はのちに否定されるものも多い。最近では敗血症に対するビタミンB、Cの効果に関して、前後比較で報告された死亡に対する相対危険0.13というすさまじい効果が、ランダム化比較試験で否定されたのは記憶に新しい。

■日本の脚気論争では有益だったが…

 ただ前後比較が決定的なエビデンスであったという歴史的事実もある。脚気についての非ランダム化前後比較試験によって、洋食の導入前後で日本の海軍での脚気がほぼ根絶されたのがそれである。白米を主食とした和食を提供していた時期の軍艦龍驤では380名のうち脚気の死亡が25名出たのに対し、パン食を主食とした洋食の提供によってほぼ同じ航路をたどった軍艦筑波では330名のうち脚気による死亡が0名であった。

 これに対して、森林太郎(森鴎外)をはじめとする細菌説をとる東大のグループは、たまたま細菌による流行が起こらなかっただけだと批判したわけだが、その批判自体は妥当なものであった。

 ただ批判が妥当にもかかわらず、事実は「洋食で脚気が予防できる」ということであった。原因がわからなくても、事実に基づき脚気を治すことができたのである。ただこの論争は、脚気の原因がその後に発見されるビタミンBの欠乏によるものだと確定されるまで決着はつかず、海軍でほぼ予防された脚気による死亡が、陸軍では出続けることになる。病態生理は仮説にすぎないという金言はここにも生きている。

■生徒のマスク着用への批判が多いからこそ科学的検証が必要

 閑話休題。話を学校でのマスクの問題に戻そう。ここで残念だったのは、この地域の学校でマスクを中止する際に、中止する学校と中止しない学校に割り付けたクラスターランダム化比較試験(注)が行われればよかったのではないか、という点である。生徒のマスク着用に対しては批判も多く、マスク着用の継続自体が困難だったのかもしれない。しかし、だからこそ、マスク着用の効果がランダム化比較試験で示す意義はあると私は考える。効果がはっきりしないものを強要するわけにはいかないからである。日本でも同様の状況はあるが、それは日本においてもランダム化比較試験を行うニーズがあったということでもある。

 しかし残念ながら日本でもそのような研究は行われなかった。行われない中で、マスクの着用は国からも勧められず、多くの学校でマスクを着用しなくてよいという対応によって、このボストンでの研究と同様、マスク着用が有効か否かハッキリしないまま大きな流行を来している。

 もちろんそれに対しても、それはマスク着用と関係なく、新たな流行が起きただけだと言われれば、それに対して明確に反対することもまた困難である。ただ、脚気に対する歴史的な事実もある。そのあたりを含め、もう少し学校でのマスクの着用について考えたい。

(注)クラスターランダム化比較試験:通常のランダム化比較試験では個人個人を治療群と対照群に割り付けていくが、それを個人でなく、施設ごと、この研究では学校ごとに割り付けるランダム化比較試験である。個人個人へのランダム割り付けが困難な場合に有効な方法である。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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