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インフルとコロナ感染拡大…学校関係者はマスクに関する科学的研究成果を知るべきだ

コホート研究では学校での着用は「効果あり」(C)PIXTA
コホート研究では学校での着用は「効果あり」(C)PIXTA

 学校でのマスク着用効果の続きである。前回紹介したのはマスク着用前後でのコロナ感染の増加を見た介入研究であったが、前後比較にはその時々の流行に左右されるという決定的な問題がある。そこで今回は同時期にマスク着用と非着用を比較した観察研究の結果についてみてみたい。

 この研究はマサチューセッツの学校において2020年秋から春にかけての流行と、2021年の秋の流行時の学校での感染予防策の効果をコホート研究(編集部注1)で検討している。

 2020年秋から2021年の春にかけての検討では、マスクの効果は相対危険(注2)0.12、95%信頼区間0.04~0.40(注3)と報告されている。100の感染を12に減らすという劇的な効果を示している。95%信頼区間の上限でみても100から40に減らすという結果である。

 しかしながら、2021年の秋の検討では、ワクチン接種後のコロナ感染を比較しているが、マスク着用に明らかな効果は示されず、ワクチン接種群で相対危険0.04、95%信頼区間0~0.62という結果である。100の感染を4にまで減らすというすさまじい効果である。ワクチン接種がなされていれば、マスクの効果は無視できるほどワクチンの効果が高いという結果だろうか。

 これはコホート研究の結果であるので、最も問題になるのは交絡(注4)因子の存在である。マスクを付けるような教師や子供は他にも感染予防をしっかりやっている可能性が高く、それがマスクの効果の過大評価につながる。ただこの研究では多変量解析(注5)が行われており、一応、交絡因子の考慮はされている。

 もちろん、ランダム化比較試験と違って考慮されていない未知の交絡因子の可能性が残る点はコホート研究ではいかんともしがたい。しかしその反面、地域の学校の大部分を調査できるという大きなメリットもある。特殊な人や特殊な地域が参加しがちなランダム化比較試験と異なり、一般的な場所で何が起こっているかについては、コホート研究の方が勝るのである。

 しかしながら、コホート研究の結果とはいえ、相対危険0.12という結果をもたらすような大きなバイアスの可能性は低いかもしれない。ただ秋のワクチン後には効果が見られなかったという結果からすれば、この相対危険0.12はやはり効果を過大評価した極端な結果である可能性もある。結果の解釈にはさまざまな困難がある。

 逆に「ワクチンを打っていればマスクは必要ない」と結論するにも問題がある。この研究はオミクロン出現以前の検討であり、オミクロン出現以降、重症化予防効果は比較的維持されるにも関わらず、感染そのものに対する予防効果は時間経過ともに減弱し、この研究結果がオミクロン以降も適用できるかについてはむしろ疑問が残る。

 前回紹介した前後比較の研究同様、今回のコホート研究においても、学校でのマスク着用は「効果あり」という結果である。ただバアアスの可能性は残るが、結果を覆すような決定的なバイアスの可能性があるかと言われれば、その可能性は低いかもしれない。日本の状況を見ても、マスク着用が学校で言われなくなって、コロナとインフルエンザの感染が拡大しているという事実もある。

 さてそこでどうするか、である。このような研究がまず学校関係者に知らされているかどうかであるが、どうであろうか。マスクを外してほしいという周囲からの要望に対して、こうした研究結果は、案外学校側には届いていないかもしれない。まずはこの研究結果を学校関係者に届ける必要がある。内閣感染症危機管理統括庁がその任務を負うのだろうか。

 コロナ感染が拡大し始めた当初、専門家に何の相談もなく、小中学校の一斉休校が決められたように、政治家の直感で物事が進んでいく状況は好ましくない。学校におけるマスクの問題も、政治家や学校関係者の直感で決まっているのだろうか。そのあたりについて次回から取り上げていきたい。

注1)コホート研究:ランダム化比較試験と異なり、治療などの、人為的、能動的介入を行わず、ただその場で起きていることや起きたこと、あるいはこれから起きることを観察する観察研究手法のひとつ。一定の集団(この集団をコホートと呼ぶ)を設定し、調査時点で、仮説として考えられる要因を持つ集団(曝露群)と持たない集団(非曝露群)を追跡して、両群の病気のかかる割合または死亡率などを比較する。

注2)相対危険:危険因子にさらされた場合、それにさらされなかった場合に比べて何倍病気にかかりやすいかを示す指標。危険因子にさらされた群の病気のかかりやすさのリスクの、危険因子にさらされていない群の病気のかかりやすさの比で表される。

注3)信頼区間:調査結果を知るための統計科学的な推測法のこと。95%信頼区間とは「同じような研究を100回行えば95回はその範囲に収まる」と推定される結果のことを言う。

注4)交絡:バイアスのひとつで、データ解析における「因果関係」の間に介在する要因が関係をかく乱する。一例をあげれば、マスク着用群のワクチン接種率が90%で、非着用群が30%というような場合、マスク着用の効果がワクチン接種の交絡によって過大評価されることになる。

注5)多変量解析:交絡因子を補正するための統計学的手法のひとつ。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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