医療だけでは幸せになれない

マスクを常に着用する場合の「害」の検討はなぜ難しいのか

写真はイメージ
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 引き続き、学校現場でのマスク着用についてである。「マスクの着用を求めない」というガイドラインの(注1)記述は、学校という場所においては、マスクをしてもしなくてもよいというよりは「しないほうがよい」というニュアンスがあるのかもしれない。学校からのおすすめは中立であるように見えても、現実には強制力がある。「マスクをしろ」というのでなければ、「マスクをしないほうがいい」という方向に振れやすい。

 現場側もそうしたことを踏まえての良く考えられた表現なのだろう。このような感染対策の方向転換の背景には、前回でも指摘したように、マスクの「害」の問題がある。今回はそのマスクの害について取り上げる。

 マスク常置着用の身体的な面での害については、小児科学会のガイドライン1)で以下のように触れられている。

「マスク着用により誤嚥や窒息の危険性がある子ども(特に2歳未満や障害のある場合)は、自ら息苦しさや体調不良を訴えることが難しく、自分でマスクを外すことも困難な場合があります。また、正しくマスクを着用することができないと、期待した通りの感染予防効果が得られないこともあります。

 子ども(特に2歳未満や障害のある場合)のマスク着用では以下のような危険性が考えられます。

 呼吸が苦しくなり、窒息する可能性がある。

 嘔吐した場合に、窒息する可能性がある。

 熱がこもり、熱中症になる可能性が高まる。

 顔色、呼吸の状態などが観察しにくいため、体調異変の発見が遅れる」

 2歳未満、障害のある場合の危険については強調されているが、2歳以上の場合についてこれ以上の記載はない。

 また、WHOのガイドライン2)も見てみると、こちらは5歳未満では長時間にわたるマスクはすべきでないとなっている。小児科学会よりは小児に対する害を重く見た記載になっている。ここには明確な基準は設けることができない現状が垣間見える。確かな医学研究がないということだろう。そこで医学論文を探してみる。

■質の高い研究は少ない

 すると成人では、マスクによる身体的な悪化のリスクが高い呼吸器疾患や高血圧、心臓手術後の患者を含む27名の患者の小規模の研究ではあるが、マスク着用時と非着用時の酸素飽和度(注2)を比較した研究では、酸素濃度の低下は認められないことが示されている3)。

 また小児を含むシステマティックレビュー(注3)では主にN95マスク(注4)について検討されてており、以下の問題が指摘されている4)。
・不快感
・呼吸器疾患のある人、子供、高齢者、心臓病のある人の呼吸機能への影響
・皮膚疾患のある人の皮膚への刺激
・難聴のある人のコミュニケーションの問題
・マスクの再利用に関する問題
・集中力の問題、作業能力の低下、呼吸困難、メガネの曇り、顔認識の困難、精神症状
・長時間使用した場合の頭痛

 また小児の心理的な問題についてのシステマティックレビュー5)では、不安やストレスのような心理的症状の増加を指摘する2研究、外国語教育における口頭発表の能力に差がないという研究が含まれるが、バイアス(注5)の影響が大きく十分な検討ができないという現状を報告している。

 「害」についての研究は「効果」の研究に比べて困難な場合が多い。医学的な害であっても、効果を検討したランダム比較試験(注6)やコホート研究(注7)では十分な検討が行われない場合も多く、さらには頻度の低い重大な副作用はそもそもその医療行為を実施した後でなければ検討不能である。

 その上に小児の心理社会的な影響となると研究自体の困難さも加わり、どうしても医学研究で明らかになるには多くの時間や複数の研究の積み重ねが必要になる。害を検討した研究がなかなか見つからない背景にはそういう問題がある。

 効果を示す医学研究ばかりが出版され、害の問題がはっきりしない複雑な中で、学校での感染対策をどうするか判断しなければならない現状は、医学研究を追加したとしても決して容易なものではない。マスク着用の害について明らかでない中で、重症化リスクの低い小児にマスクを着用させるかどうかと問題を絞ってみたところで、その困難はほとんど軽くはならないだろう。さらには小児と言えども、まれには重症化はあるし、症状が長引いたり、味覚障害が残るなどの後遺症の問題もあり、医学的な面だけを取り上げても、考慮すべきことが多くある。

 効果を重く見るか、害を重く見るか、そう単純化させないと判断ができないというのが現状かもしれない。そう考えれば、効果を示す多くの論文がいくらあったとしても、不確かな害の方を重く見て、「マスク着用を求めない」という判断もあながち悪くはないともいえる。

 ただこれを医療だけの問題とすると困難だが、医療以外の領域へと広げていけば、より良い判断への糸口が見つかるかもしれない。そんな見通しの下で、さらに検討を続けていきたい。

(注1)「マスクの着用を求めない」というガイドライン:「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」(厚生労働省2023年5月公表)。(注2)酸素飽和度:肺から取り込んだ酸素は赤血球に含まれるヘモグロビンと結合して全身に運ばれる。酸素飽和度とは心臓から全身に血液を送り出す動脈の中を流れる赤血球に含まれるヘモグロビンの何%に酸素が結合しているかを調べた値。

(注3)システマティックレビュー:レビューとは関連する複数の論文を取り上げ検討した総説のことを言い、そのうち問題を限定し、網羅的な情報収集と批判的吟味を行うプロセスを経て作られたものをシステマティックレビューと呼ぶ。

(注4)N95マスク:空気感染を防ぐために開発されたマスクで、1μm未満の小さな粒子を95%以上細くする性能を持つものがN95マスクである。

(注5)バイアス:先入観や偏見を意味し、認識の歪みや人の思想や行動の隔たりを表現する言葉で、疫学的には研究結果が真実とは異なる方向にゆがんでしまう要因や誤差を指す。研究対象を選択する段階で生じる選択バイアスなどがある。

(注6)ランダム化比較試験:研究の対象者を2つ以上のグループにランダムに分けて、治療法などの効果を検証すること。

(注7)コホート研究:ランダム化比較試験と異なり、治療などの、人為的、能動的介入を行わず、ただその場でおきていることや起きたこと、あるいはこれからおきることを観察する観察研究手法の1つ。一定の集団(この集団をコホートと呼ぶ)を設定し、調査時点で、仮説として考えられる要因を持つ集団(曝露群)と持たない集団(非曝露群)を追跡して、両群の病気のかかる割合または死亡率などを比較する。

参考文献
1) 子どもおよび子どもにかかわる業務従事者のマスク着用の考え方:http://www.jpeds.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=128
2) Coronavirus disease (COVID-19): Children and masks:https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/q-a-children-and-masks-related-to-covid-19
3) Chan NC, Li K, Hirsh J. Peripheral Oxygen Saturation in Older Persons Wearing Nonmedical Face Masks in Community Settings. JAMA. 2020 Dec 8;324(22):2323-2324. doi: 10.1001/jama.2020.21905. PMID: 33125030; PMCID: PMC7600049.
4) Balestracci B, La Regina M, Di Sessa D, Mucci N, Angelone FD, D'Ecclesia A, Fineschi V, Di Tommaso M, Corbetta L, Lachman P, Orlandini F, Tanzini M, Tartaglia R, Squizzato A. Patient safety implications of wearing a face mask for prevention in the era of COVID-19 pandemic: a systematic review and consensus recommendations. Intern Emerg Med. 2023 Jan;18(1):275-296. doi: 10.1007/s11739-022-03083-w. Epub 2022 Sep 14. PMID: 36103082; PMCID: PMC9472745.
5) Freiberg A, Horvath K, Hahne TM, Dr?ssler S, K?mpf D, Spura A, Buhs B, Reibling N, De Bock F, Apfelbacher C, Seidler A. Beeinflussung der psychosozialen Entwicklung von Kindern und Jugendlichen durch das Tragen von Gesichtsmasken im ?ffentlichen Raum zur Pr?vention von Infektionskrankheiten: Ein systematischer Review [Impact of wearing face masks in public to prevent infectious diseases on the psychosocial development in children and adolescents: a systematic review]. Bundesgesundheitsblatt Gesundheitsforschung Gesundheitsschutz. 2021 Dec;64(12):1592-1602. German. doi: 10.1007/s00103-021-03443-5. Epub 2021 Oct 25. PM

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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