60歳で独居の男性が、在宅医療を開始されました。大腸がんで、さらにがんが大腸の外側の腹膜にまで散らばっているステージ4。主治医から今後の見通しを告げられ、「最後は慣れ親しんだ自宅で過ごしたい」と、私たちのところへ連絡があったのです。
相談があった時点では、立ち上がる時などに多少ふらつくものの、自力歩行が可能な状態でした。手術で直腸と肛門を切除しているため、人工肛門を造設しており、排泄物を受け止める専用の袋(パウチ)を取り付けていましたが、その交換も補助があればご自身でできるとのこと。
事前の申し合わせでは、さまざまなことを確認しました。例えば「お風呂はベッドバス(全身清拭)で、元気な時はシャワー」「疼痛管理は2種類の麻薬で様子をうかがいながら開始」など。
もしもの時についてもしっかり話し合い、「延命はしない」「食事をできなくなった時には、本人と相談の上で高カロリー輸液の点滴である中心静脈栄養に切り替える」「何かあった場合の緊急連絡先は、土日夜間を除き、生活保護のケースワーカーにする」「妹さんへの連絡は、亡くなってから。危篤時は連絡しない」と取り決めました。ただし、これらはご本人の希望でいつでも変更できるとも、伝えました。
しかし在宅医療が始まって間もないある日、ご本人から相談の電話がかかってきました。
「痛みを抑える麻薬の副作用でお腹の働きが鈍って、お通じが少ないんです。便秘が重なって、吐き気も多いんです」
嘔吐はイレウス(腸閉塞)による可能性もあると考え、このように伝えました。
「ご病気の都合で根本的な原因の解決ができないので、対処方法として、胃管を使って外へ逃してあげるという方法と、症状緩和のお薬を皮下注射で使うという方法が考えられますがいかがでしょうか?」(私)
「○○病院に入院させてよ! あそこであれば全部やってくれるんです。1人で家にいて繰り返す吐き気が精神的につらいんだよ」(患者)
「自宅でも入院でも治療はあまり変わらないですが、24時間人がいるというだけでも安心ですよね」(私)
「ここでも来てくれるけど何時間おきじゃない。声が出る間に入院したいんだよね」(患者)
「○○病院が空いていればすぐ入れると思いますが、もし空いていなければ他のところあたります?」(私)
「○○病院がいいです」(患者)
「わかりました。調整いたします」(私)
私たちも頻繁に往診し、電話で相談に乗ったりしていましたが、吐き気にさいなまれ、孤独に療養生活を送ることは、ご本人にとっては精神的に耐えられなかったようでした。
入院を希望されることは仕方のないこと。この方のように重症化する前に、自分の意思を伝えられたことはまだ恵まれているのではないかと思います。在宅医療は患者さんの悩みや相談事に柔軟に対応します。ある意味、患者さんやそのご家族のよろず医療相談所であると考えています。
老親・家族 在宅での看取り方