舌がんの切らない治療「選択的動注併用放射線療法」 体験したシェフに聞いた

舌を半分以上切ると嚥下機能にも影響
舌を半分以上切ると嚥下機能にも影響

 20~40代という若い世代でも発症する舌がん。進行性の場合、標準治療は舌の半分以上、あるいは全てを切除する「舌(亜)全摘出術」であり、治療後の舌の機能障害が大きな問題となる。一方で、「切らない治療」もある。そのひとつが「選択的動注併用放射線療法」だ。2019年2月にこの治療を受けたフランス料理店「ラヴィラボ ルリエ」(福岡県)のオーナーシェフ、平井智成さん(44歳)に、術前・術後を聞いた。

 地元の九州中央病院でステージ4の舌がんと診断されたのは2019年1月。5年ほど前にがんの前病変である「扁平苔癬」が見つかっており、「とうとうきたか」という気持ちでした。

「半分以上切除、もしくは全摘となるかもしれない」と言われたのは、手術の10日ほど前です。詳しく検査した結果、病巣が舌の根深くまで張っている疑いがあるが、それは手術してみないとわからない、と。半分以上切除となると、会話、味覚、嚥下に影響が出ます。自分の意思が介在しないところで決まってしまうのは嫌でした。

 息子の存在も大きかったですね。扁平苔癬が見つかった時、息子は小1でしたが、「お父さんはがんになるかもしれない。長く生きられないかもしれない」と伝えていたのです。するとしばらくして息子は「お父さんの病気を治せる医者になる」「東大医学部へ行く」と言い出した。じゃあ一緒に頑張ろうと、2人で勉強してきたのです。手術は息子の中学受験と同じ年。話せなくなったら、息子への授業もできなくなる。

 妻とともに慌てて「切らずに済む治療法」をインターネットで探しました。そうやって出会ったのが不破信和先生です。当時先生が勤務していた伊勢赤十字病院(三重県)へすぐ飛び、「選択的動注併用放射線療法」の説明を受けました。主治医からは重篤な副作用があると聞いていましたが、不破先生はそれをクリアする方法を見いだしており、検査後「僕なら治せる」と言ってくれた。待合室で、九州中央病院へ手術を断る電話をしました。

 入院期間は約3カ月。私のがんは舌に1カ所、頚部リンパ節への転移が2カ所で、目に見えていないがんが全身にある可能性も否定できない状態。全身抗がん剤の副作用はキツかった。フラフラでまっすぐ歩けない。動注療法は回数を重ねるにつれ体の負担が重くなり、口の中全部に口内炎ができたようで水を飲んでも痛いほどでした。

 がんが消えている──。そう不破先生の言葉をもらって退院。2カ月に1回、3カ月に1回、半年に1回と徐々に間隔を空けての定期検診で、最後の診断は今年3月。この時点で、次は来年(24年)と言われました。よく聞かれるのですが、退院以降は、定期検診のみで、薬の服用など一切ありません。

 舌を切っていませんから、治療中から会話の能力は全く変化なし。味覚は、最初は何を食べても味を感じない。そのうち塩味は戻ったが酸味や苦みはまだ……と段階を踏み、半年ほどで全ての味覚を取り戻しました。一つ一つの味覚を掘り下げて考察できたことで、治療前より味覚に鋭くなりましたね。がんの治療後、完全予約制のフランス料理店をオープンさせたのですが、以前作っていた料理より淡く繊細な味付けになったとお客さまから評価を得ています。

 一連の経験を経て皆さんに伝えたいのは、がんと診断されたら、提示された治療法しかないと思わず、広い目線で望む治療を探してほしいということ。希望通りのものはないかもしれないが、近い形のものは得られるかもしれません。私自身、そうしたおかげで、現在があると考えています。

■選択的動注併用放射線療法

 進行性の舌がんで行う選択的動注併用放射線療法は、全身抗がん剤、放射線、抗がん剤の動注療法を組み合わせて行う。 

 抗がん剤は通常経口、または静脈から投与するが、動注療法では、カテーテルを動脈に通してがんに直接投与。大半は大腿動脈からカテーテルを挿入するところを、30年以上前からこの治療を行う不破信和医師は、独自開発のマイクロカテーテルを用いて、耳の前の浅側頭動脈から挿入。

 従来法では脳梗塞のリスクが2~4%あったが、それを起こりにくくした。

関連記事