上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「塩分」は心臓の健康にとってやはりマイナスといえる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、「塩分(ナトリウム)」と心臓血管疾患の関係についてさまざまな議論が交わされています。WHO(世界保健機関)は推奨する1日の塩分摂取量を5グラム未満としていて、米国では5.8グラム未満(高血圧患者などでは3.8グラム未満)となっています。わが国では、日本高血圧学会のガイドラインで6グラム未満が望ましいとされています。

 しかし、こうした減塩の推奨については、米国医学研究所が「科学的根拠がない」と異を唱え、それ対して米国心臓協会が反論するなど、見解が分かれています。

 ほかにも、「過度に減塩を行うと心臓血管疾患リスクがアップする」という研究が報告されています。世界17カ国10万人以上を対象にした解析で、1日の塩分摂取量が10.1~15.2グラムのグループを基準として、死亡または心臓血管疾患のリスクを比較したところ、15.2~17.8グラムのグループで1.14倍、17.8グラム以上のグループでは1.21倍と、やはり塩分過多はリスクを上昇させていたのですが、7.6グラム未満のグループでも1.27倍とアップしていたのです。

 また今年3月には、「心不全患者では、塩分(ナトリウム)摂取量を過度に制限すると死亡率が上昇する」という研究が米国心臓病学会で報告されました。ナトリウム摂取量を1日2.5グラム(食塩換算で約6.4グラム)未満を目標とする食事療法を行っていた患者は、摂取量上限が2.5グラム以上の食事療法を行っていた患者よりも、死亡率が80%高かったといいます。

 塩分は心臓にとって大敵……という“常識”が覆されるような研究結果です。しかし、心臓血管の領域で40年近く診療に携わってきた立場からすると、塩分(ナトリウム)の過剰摂取は心臓にとって良くないのは間違いありません。

 ナトリウムは、人の体内で水分量の調整に関わっていて、通常は一定の濃度を維持しています。しかし、塩分過多でナトリウム量が増加すると、水分量を増やして濃度を下げようとするため、結果的に血液の量が増えることになります。すると、血液を全身に送り出している心臓にかかる負担はそれだけ大きくなるのです。

 血液の量が増えれば、血管にかかる圧力が強くなるので血圧も上昇します。ですから、心機能が低下している心不全の患者さんや高血圧の人には、塩分制限が有効とされていて、日本でも数多くのエビデンス(科学的根拠)が存在しています。

■減塩は日本人の健康寿命の延長に貢献した

 かつて行われた、大規模な人数を長期追跡するコホート研究で、塩分摂取が多い北海道や東北などの地域では、胃がんの発生、くも膜下出血や高血圧関連疾患を発症する割合が多いことがわかりました。これを受け、厚労省や医学会が積極的に減塩対策を進めた結果、ピロリ菌対策の効果も加わっておよそ40年で胃がんは克服され、降圧薬の適切な服薬も相まって、高血圧に関係した心臓血管疾患も抑制された印象があります。

 また、減塩は心筋梗塞による死亡の抑制にも大きく貢献したと感じます。かつての日本、急性期治療が広く普及する以前は、心筋梗塞で亡くなる人が多いという事実がありました。先ほども触れたように、塩分過多は心機能を悪化させる大きな要因で、とりわけ一度心筋梗塞を起こしたり、心房細動などの慢性的な心臓疾患がある人にとっては深刻な問題です。

 そこで、軽い利尿剤やナトリウムチャネル遮断薬といった薬剤を使ったり、生活習慣で減塩を順守させるなどの治療や対策が実施され、日本人の心臓疾患による死亡数は徐々に抑えられていったと考えられます。近年は高齢化が進んだことで慢性心不全による死亡が増え、心臓疾患で亡くなる人が再び増加している状況ですが、心臓に対する減塩の効果は、日本人の健康寿命の延長に間違いなく貢献してきたといえます。

 冒頭でお話しした最近の研究は、まさに「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、心臓を守るためには、やりすぎない程度に減塩を意識する生活を実践するといいでしょう。

 専門家の立場としても、個人的には日本高血圧学会が推奨する1日6グラム未満を継続するのは極めて困難と考えます。あまり厳格に考えすぎると挫折してしまうケースが少なくないので、まずは塩分摂取量を急速に増加させないように心がけましょう。たとえば、飲み会で塩分の多いものをたくさん食べた後、小腹がすいたからとラーメンを食べるといった行動を避けるのです。塩分を抑え込みすぎず、なおかつ年齢や抱えている病気の状況を考えて、極端な塩分の取りすぎがよくないということを意識しておけばいいのです。

 また、塩分を含む調味料をなるべく避けるのも効果的といえます。たとえば、最近、東大の薬学部が発見した特別な乳酸菌が話題になっています。長野県にある村の古民家で受け継がれていたぬか床から、免疫活性機能が極めて高い新規の乳酸菌を見つけたといいます。その地域では、古くから塩が手に入りにくかったため、それら発酵菌が含まれる麹やもろみなどで食事の味付けをしていたそうです。そして、そうした地域は大腸がんの発生率が低いことから、その乳酸菌が注目されているのです。

 無理なく減塩するためには、普段なにげなく使っている調味料を、塩麹などの発酵食品で代用してみるのもひとつの手かもしれません。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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