Dr.中川 がんサバイバーの知恵

膵臓がん公表の森永卓郎さんが仕事継続をアピールした重要性

ステージ4の膵臓がんであることを公表した森永卓郎さん
ステージ4の膵臓がんであることを公表した森永卓郎さん(C)日刊ゲンダイ

 昨年末にステージ4の膵臓がんであることを公表したのは、独協大教授で経済アナリストの森永卓郎さん(66)です。11月の人間ドックで見つかり、通院しながら抗がん剤治療を受けるそうで、「当面は普通に仕事をします」と元気に語っています。仕事の継続は、医療費をカバーするだけでなく、多くの点で重要な意味をもつのです。

 厚労省の調査によると、全がん患者のうち3人に1人が64歳以下の働く世代で、32万人が通院しながら仕事をしています。定年の延長で働く世代のがん患者はさらに増えるでしょう。

 国立がん研究センターの研究グループの推計では、18歳未満の子供を持つがん患者は年間5万6000人生じていて、親の平均年齢は男性が47歳、女性が44歳。子供の平均年齢は11歳です。小学6年生までが半数を超えますから、教育費を工面するためには、仕事の継続は欠かせません。

 ところが、がんと診断されると、30%は依願退職。4%は解雇され、仕事を続けられたのは半数以下という報告もあります。自営業では、13%が廃業に追い込まれているのです。

 会社の働き方改革が不十分で治療と仕事の両立が難しいケースも少なくありませんが、告知のショックで自ら会社を辞めている人が3割に上るのは見逃せません。私も自分で膀胱がんを見つけた直後はつらかったので、がん患者の気持ちは重々承知しています。

 しかし、そういうつらさに負けて、いろいろなことをよく考えずに決めるのはよくありません。離職した人は、32%が診断確定時で、最初の治療までが9%。4割は、治療が始まる前に離職を決断しています。

 告知のショックを引きずると、自殺リスクも高まり、診断から1年以内の自殺リスクは、がん患者でない人と比べて20倍です。2009~13年に東京都監察医務院で検案された自殺例9841人の調査から、自殺全体の5%はがん患者といわれています。告知のつらさで自暴自棄になり、仕事を辞めると、十分な貯蓄がなければ、治療どころか生活が立ち行かなくなりますから、より精神的に追い込まれることになるでしょう。

 自分のためにも、家族のためにも、がん患者は仕事を続けることが肝心で、森永さんが仕事の継続を強くアピールされたことの重要さが分かったと思います。仕事の継続は、生活費や治療費を工面する経済的な側面だけでなく、生きがいにも結びつくのです。

 抗がん剤も放射線も、通院で受けられることが多く、胃がんや大腸がんなど多くのがんで早期なら入院期間も1週間ほどで済みます。私の膀胱がんの手術での入院期間は4日でした。そういうことを頭に入れておけば、治療と仕事の両立が決して難しくないことも分かるでしょう。がん患者にとって、仕事と治療はどちらかひとつの選択ではなく、両方とも続けていく生活の工夫が求められるのです。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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