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認知症における「肥満パラドックス」は遺伝子の型で異なる

写真はイメージ
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 肥満が認知症のリスク因子となることは、世界的に権威のある医学誌「ランセット」でも明記されています。

 ただし、それは中年期(45~65歳)の肥満。高齢期(66歳以上)の肥満は、認知症のリスク因子となっていません。高齢の肥満に関しては相反する研究結果が出ており、「高齢期においての肥満が認知症の発症を防ぐ可能性がある」とするもの、「高齢でも内臓脂肪型肥満の人は認知症になりやすい」とするものなどさまざま。実際はどうなのかは、まだ十分に解明されていません。

 2023年、国立長寿医療研究センターのグループは、米国メイヨー・クリニックとの共同研究で「認知症における肥満パラドックスはアポリポタンパクE遺伝子の型で異なる」ということを発表しました。

「肥満パラドックス」とは、肥満があるとさまざまな病気にかかりやすいにもかかわらず、実際に統計を取ってみると、標準体重の人よりも過体重や肥満と判定された人の方が死亡率が低いという現象のことを言います。つまり、「認知症における肥満パラドックス」は、肥満が認知症のリスクを上げるが、統計上では逆になっている、ということです。

 国立長寿医療研究センターのグループらは、アルツハイマー病における最大の遺伝子的な危険因子、アポリポタンパクEの型ごとに、肥満あるいは非肥満で認知機能低下がどう異なるかを調べました。

 対象となったのは、初調査時60歳以上の約2万人(平均年齢74.2±8.0歳)。BMI「体重(キロ)÷身長(メートル)の2乗」が、WHOの基準である30以上を肥満として解析しました。

カギはアポリポタンパクE
カギはアポリポタンパクE(C)日刊ゲンダイ
ある遺伝子タイプが多い人は、肥満が認知症リスク低下に働く

 アポリポタンパクEと言っても、初めて聞いたという人が大半でしょう。少しややこしい説明になりますが、もう少しお付き合いください。

 アポリポタンパクE、略してアポEは、リポタンパクと結合して脂質の代謝に関与するタンパク質です。アポEには遺伝子によって決まる3つのタイプがあります。それは、E2型、E3型、E4型。このうち、E4型は強力なアルツハイマー病のリスク遺伝子で多く持っている人はアルツハイマー病になりやすく、E2型が多い人はアルツハイマー病になりにくいことがわかっています。

 国立長寿医療研究センターの研究グループらによると、80歳以下の健常者において、E2型保因者、E3型保因者では、肥満がある方が認知機能が有意に低下しており、特にE2保因者ではその程度が大きかったのです。さらに全被験者では、E2型保因者には、肥満者の方が微小梗塞(脳の血管障害)が有意差を持って多く見られました。

 では、E4型保因者では? 80歳以下では、肥満だろうとそうでなかろうと、認知機能の低下度には有意差がなし。認知症の発症においては、E4型保因者では肥満が発症を顕著に抑制しているとの結果。記憶力においても、E4型保因者では肥満の人が有意に低下度が少なかったのです。また、アルツハイマー病の原因物質であるタウの蓄積の程度は、肥満者でない人の方が有意差を持って上回りました(表参照)。

 この研究から読み取れるのは、次の内容になります。
・アポEのうち、E2型保因者は遺伝子的にはアルツハイマー病になりにくいが、肥満があると加齢でリスクが高くなる微小梗塞を起こしやすく、認知機能が低下しやすい(=加齢による認知機能低下が、肥満で促進される)
・E4型は強力なアルツハイマー病リスク遺伝子で、保因者はアルツハイマー病になりやすいが、肥満があると認知症の発症は抑制される(=病的な認知症発症は、肥満で抑制される)

 この研究結果が今後どう生かされていくか。興味深いものがあります。

 ところで、このアポE4型、女性においてより強力なアルツハイマー病発症の危険因子であることがわかっています。金沢大学付属病院神経内科は、認知症の疫学研究で、アポE4型保因者の女性では、血中ビタミンC濃度が最も高い群は、低い群と比べて、将来の認知機能低下が0.1倍、オッズ比で減少したとの結果を発表しています。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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