正解のリハビリ、最善の介護

力量あるリハビリ医は高齢者の「骨折」にどんな対応をするのか

「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏
「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏(C)日刊ゲンダイ

 適切なリハビリを受けて“人間力”を取り戻すためには、より良い回復期病院を選ぶ必要があります。そのポイントのひとつとして「主治医の力量」が重要だとこれまでお話ししてきました。

 急性期病院で脳卒中や心臓病といった病気の治療を受けた後だけでなく、整形外科領域の「骨折」でも同様に、リハビリ主治医の力量によって患者さんの回復度合いは大きく変わってきます。

 高齢になると、骨粗しょう症で骨がもろくなっていたり、脊柱管が狭窄していたり、運動機能の衰えから転倒などで骨折しやすくなります。高齢者が骨折を起こすと、長期間にわたり安静にされるケースもあり、そのまま「寝たきり」になってしまう危険があります。それを防ぐためにも、迅速な治療とリハビリが重要です。最近では高齢者の脊椎の手術も安全で良好な結果が出ています。

 80代、90代といった後期高齢者は、「骨折したら治らない」と思い込んでいる人は少なくありません。しかしそれは大きな勘違いで、適切な手術とリハビリを受けることで、しっかり回復します。医療技術の進化や、体への負担が少ない低侵襲化手術が進歩したこともあり、近年は100歳以上の超高齢者でも手術で良好な結果が出るようになりました。

 高齢者が骨折した場合、年齢だけを見て「高齢なので手術はできない」という整形外科の医師も中にはいますが、骨折や関節、脊椎の手術に自信を持っている医師なら、患者さんが高齢だろうと関係なく、可能な限り良質な手術を実施します。

 手術後の回復期には、姿勢を整え、かかとを接地したきれいな歩きができて、疼痛も改善する適切なリハビリが欠かせません。ただ、リハビリにおいても、患者さんの年齢を見て「高齢で回復は難しいから、もう以前のように歩くことはできません」などと告げるリハビリ医がいるのも現実です。

 たしかに、高齢の患者さんはただでさえ身体機能や認知機能が衰えているため、十分なリハビリを行えず、思ったように回復しないケースもあります。しかし、私はむしろ逆に考えます。たとえば、今まで元気に歩いていた高齢の患者さんなら、「その年齢になってもしっかり歩けていたということ。それならば、骨折の手術後でもきちんとリハビリを行えば元の状態には回復できる」と予測するのです。

 散歩中に転倒して大腿骨頚部を骨折した103歳の男性患者さんが来院されたときもそうでした。認知機能は正常で、骨折前は杖を使わずに屋外もひとりで歩いておられました。これなら、骨折前の状態まで戻る可能性が高いと考えました。もともとの健康状態が良好で、麻酔科医に全身麻酔も問題なく行えると判断されたので、まずは急性期病院の整形外科で骨折の手術を迅速に受けてもらい、その後に速やかに回復期リハビリを行った結果、元気に歩いて自宅退院されました。

■もともと元気だったのだから回復できると考える

 この患者さんのように、認知機能に問題はなく転倒して骨折する高齢者は、もともと元気で活動的な方が多くいらっしゃいます。しかし、加齢とともに体力が徐々に弱っていく段階で、転倒して骨折が起こるのです。「動ける」ということは、ベースの体力や身体機能は良好といえます。ですから、骨折して手術を受け、回復期で適切なリハビリを行うと、骨折前の弱っていた段階でなく、その前の元気に活動していた頃の状態まで回復するケースが起こるのです。

 退院時には、転倒した当時よりも元気になってパワーアップして自宅に帰られるので、ご家族は「骨折した時よりもすごく元気になった。いったい何が起こったのだろう」とびっくりされます。

 認知症があって転倒、骨折した場合、認知症の程度によっては「失認」「失行」などの症状から動作ができなかったり、骨折時の痛みを怖がって動作ができなくなるケースがあり、リハビリが行えずに回復が難しい方もいらっしゃいます。

 しかし、認知機能が保たれており、もともと自分ひとりで歩いていた高齢者が骨折して歩けなくなった場合、われわれは「当然、回復できます」という感覚でリハビリを行います。リハビリ医にそう判断できる力量がなければ、骨折をきっかけに寝たきりになって、介護が必要になる高齢者を増やしてしまう可能性もあるのです。

酒向正春

酒向正春

愛媛大学医学部卒。日本リハビリテーション医学会・脳神経外科学会・脳卒中学会・認知症学会専門医。1987年に脳卒中治療を専門とする脳神経外科医になる。97~2000年に北欧で脳卒中病態生理学を研究。初台リハビリテーション病院脳卒中診療科長を務めた04年に脳科学リハビリ医へ転向。12年に副院長・回復期リハビリセンター長として世田谷記念病院を新設。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(第200回)で特集され、「攻めのリハビリ」が注目される。17年から大泉学園複合施設責任者・ねりま健育会病院院長を務める。著書に「患者の心がけ」(光文社新書)などがある。

関連記事