低血糖リスクのある人は知っておきたい「バクスミー」の効果と限界

噴霧が完了したらすぐに医療機関に連絡し、医師の指示を仰ぐこと
噴霧が完了したらすぐに医療機関に連絡し、医師の指示を仰ぐこと

「低血糖」は糖尿病を薬でコントロールしている人に高い頻度で現れる緊急的な状況を指す。血糖値がおよそ70㎎/デシリットルを下回ると、大量の汗をかき、顔面が蒼白になり、手足が震える。50㎎/デシリットル程度まで低下すると、頭痛や目のかすみ、集中力の低下、生あくびなどが増える。さらに低血糖が進行すると、他人の手を借りないと回復できない重度の状態に陥り、けいれんや昏睡状態に至り、命に関わることすらある。そんな低血糖に対して、新たな噴霧式薬剤「バクスミー」が登場した。糖尿病専門医である「しんクリニック」(東京・蒲田)の辛浩基院長に話を聞いた。

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「低血糖の原因はさまざまですが、最近目立つのは、糖尿病患者が自己判断で糖尿病薬を中止し、過度な糖質制限を行ったり、過剰な運動をして起こすケースです。また、食事の有無に関係なく飲むとすぐにインスリンが分泌される、以前のタイプの経口糖尿病治療薬を使用している人や、インスリン注射薬を使用している人でも見られます」

 とくに注意すべきは無自覚性低血糖だ。軽度の低血糖でも繰り返すと自覚しにくくなり、重大な事態を引き起こすこともある。たとえば、運転中に低血糖になり、交通事故を起こす場合だ。

「その可能性のある人は運転しないようにしてください。実際、運転中に無自覚性低血糖による死傷事故を引き起こす運転者は多く、2014年には病気や薬物の影響による交通事故に対して、要件を満たせば危険運転致死傷罪の適用を可能とする自動車運転死傷行為処罰法が施行されました。無自覚性低血糖などの意識障害を起こす可能性について、虚偽の申告をして免許の取得・更新を行った人は罰則を科せられることになっています」

 低血糖は、本人以外の周囲の人にはわかりにくいことが怖い。

「糖尿病の治療中で低血糖の可能性がある人は、通常、ブドウ糖の錠剤や砂糖、清涼飲料水などを携帯することが大切です。しかし、低血糖に陥った本人が意識を失うなど、他人の介助なしでは血糖値を回復できない重度の低血糖の状態では、無理にブドウ糖の錠剤を摂取させると、誤嚥や窒息のリスクがあります。その場合、周囲の人は一時的にブドウ糖や砂糖を水に溶かして唇や歯茎に塗布し、急いで病院に運び、ブドウ糖の静脈注射を受ける必要があります。ただし、搬送が間に合わない場合もあるため、亡くなるケースも報告されています」

■注射よりも簡便

 このような緊急事態を避けるために、低血糖症状が重篤な場合、グルカゴン注射を使用する方法がある。グルカゴンは最も強力な血糖上昇作用を持つホルモンで、肝臓のグルカゴン受容体と結合して活性化し、肝臓に貯蔵されているグリコーゲンをグルコースに分解して血液中に放出する。ただし、この治療法を実施するには、家族があらかじめ医療機関でグルカゴン注射の訓練を受け、グルカゴン注射セットを常備しておく必要がある。

「従来のグルカゴン注射は、冷蔵庫から取り出して注射器をセットし、溶解液を吸い取るなどの手間がかかりました。しかし、20年には新たな低血糖時救急処置剤『バクスミー』が登場しました。この点鼻粉末剤は1回使い切りで、グルカゴン3ミリグラムを含んでいます。点鼻容器の先端を患者の鼻腔に挿入し、ピストンを押すことでグルカゴンが鼻腔に放出され、鼻腔粘膜から吸収されます」

 バクスミーは、噴霧が完了したらすぐに医療機関に連絡し、医師の指示を仰ぐことが必要。ただし、飢餓状態、副腎機能低下症、頻発する低血糖、一部の糖尿病、肝硬変などの場合は、血糖上昇効果はほとんど期待できない。また、人によっては鼻痛、悪心、血圧上昇、嘔吐、耳痛などの副作用が現れることがある。もしもバクスミーが効かない場合は、追加投与せず速やかに医療機関を受診する必要がある。

 高齢化が進むにつれ、糖尿病の患者は増えている。糖尿病やその予備群の人はもちろん、身近にそうした人がいる場合は、低血糖に対する予防策を普段から講じておく必要がある。

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