Dr.中川 がんサバイバーの知恵

直腸がん手術経験者の桑野信義さんは「オムツ着用」…排便障害を避ける方法

桑野信義さん(2021年7月撮影)
桑野信義さん(2021年7月撮影)/(C)日刊ゲンダイ

「その後は排出障害になり現在もオムツをしている」と自らのブログに投稿したのは、ミュージシャンの桑野信義さん(66)です。肛門に近い直腸にできたがんを抗がん剤で縮小してから手術で切除。手術で一時的に設置した人工肛門は3カ月ほどで閉鎖し、自分の肛門で便ができるようになったものの、トイレが近くなってオムツ生活だといいます。

 大腸がんは直腸がんと結腸がんを合わせたもので、直腸がんは4割を占めます。2022年の人口動態統計によると、大腸がんの死亡数は、男性2位、女性1位。食の欧米化や運動不足などで近年増加傾向にあるだけに、桑野さんの投稿は人ごとではありません。

 人工肛門になるかどうかは、肛門の開閉に不可欠な肛門括約筋と直腸がんとの距離によります。肛門括約筋との距離が2センチほど離れていれば、がんを切除してもこの筋肉を温存できるので、自分の肛門を残すことができる可能性が高い。

 それでもがんを切除して直腸をつなぎ合わせた場所が肛門に近いと、縫合部分が安定するまで排便を避けるため、3~6カ月ほど人工肛門を作ることがあります。傷口が安定すれば、人工肛門を外して、本来の肛門で排便できます。桑野さんはこのケースです。

 結腸がんの局所再発リスクは1~2%ですが、直腸がんのそれは約4倍の7.6%。この再発リスクとの兼ね合いで、世界的には術前化学放射線療法が普及しています。桑野さんが選択したのは手術の前に単独で行う化学療法ですが、それに加えて放射線も併用する治療です。

 これによって手術を単独で行うより、手術範囲を狭められ、周りの臓器や神経への損傷を食い止められ、合併症を抑えられる上、局所再発を抑えることにもなります。さらに、よりがんを小さくできるので、肛門機能の温存にも効果的です。

 放射線と併用する化学療法について、欧米では通常の化学療法ではなく、FOLFOX療法やXELOX療法といった全身化学療法をすべて術前に行う方法(TNT)がとられています。TNTだと、30~50%の確率で肉眼でがんが消失した状態になり、経過観察しながら慎重に手術のタイミングをうかがう監視療法も積極的に行われているのです。

 直腸は排便前に便をためる機能もあり、切除部位が広いと、頻繁な排便に悩まされます。桑野さんは1日60~70回もトイレに行ったこともあるそうです。これでは永久的な人工肛門を免れても、生活の質は損なわれるでしょう。

 直腸や肛門などの機能を残すには、いかに手術範囲を狭くする治療を選択するかがとても重要です。TNTは日本でほとんど行われていませんが、術前化学放射線療法は普及しつつあり、今後、選択の余地があると思います。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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