上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

血圧は測る姿勢で数値が変化…2つのパターンを把握して突然死を防ぐ

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 日本では、心臓にトラブルを引き起こす一番の要因は「高血圧」だと以前お話ししました。血圧が高くなるとポンプである心臓が全身に血液を送り込む際により大きな力が必要となり、それだけ負担がかかります。血管にも大きな圧力がかかるので、血管の内壁が傷ついて動脈硬化や瘤化が起こりやすくなります。すると狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、大動脈解離といった突然死の危険がある心臓疾患につながるのです。

 血圧を病院で測定した場合、「上(収縮期血圧)120㎜Hg未満/下(拡張期血圧)80㎜Hg未満」が紛れもない正常の範囲で、「上140以上または下90以上」になると高血圧と診断されます。現在、日本では約4000万人が高血圧に該当すると推定されています。血圧を気にして普段から血圧計で測っているという方も少なくないでしょう。ただし、血圧は測定する状況やタイミングによって数値が変化するので、正常値周辺の人は繰り返し毎日測定したり安静時に測定する習慣を持つなどの注意が必要です。

 しかし、米ハーバード大学の研究者が米国心臓協会の高血圧科学セッションで報告した研究では、座位(座った状態)での測定で高血圧と判定された人の74%が仰臥位(あおむけで寝た状態)での測定でも高血圧に該当し、座位では高血圧に該当しなかった人の16%が仰臥位では高血圧に該当していたといいます。つまり、「座っているときは正常でも、寝ているときは高血圧」という人が一定数いることがわかったのです。

 さらに、座位と仰臥位の両方で高血圧だったグループは、該当しなかったグループに比べて冠動脈疾患の発症リスクが1.6倍高く、冠動脈疾患による死亡リスクも2.18倍高いという結果でした。また、座位では高血圧に該当しなくても仰臥位では高血圧と判定されたグループも、同様にリスクが高いことがわかりました。

 研究者は「心臓病などのリスク因子を有する場合、座位だけでなく仰臥位でも血圧を測定してリスクを評価することが将来的なメリットにつながる可能性があることを示唆している」と述べています。

 そもそも収縮期血圧は、臥位>座位>立位の順で高くなります。立っているときは血液が下肢にたまり、静脈から心臓に戻る血液の量が減って心臓からの拍出量が減少するため収縮期血圧は下がるのです。逆に寝ているときは静脈を通って心臓に戻る血液量が増えるため、拍出量が増えて血圧は上がります。

 こうした血圧の変動に対しては交感神経が働いて血管を収縮あるいは拡張させ、血圧を正常化します。しかし、持病などの影響で交感神経がうまく働かなくなっていたり、寝ている姿勢でも交感神経の作用が血管を収縮させる側に傾いた状態になっている人は血圧が高い状態が維持され、血管や心臓に負担がかかり続けることで心臓血管疾患のリスクがアップすると考えられます。

効果的な血圧の測り方を習慣化する
効果的な血圧の測り方を習慣化する
自分の血圧タイプを把握する

 このように、状況によって血圧は変動することを考えると、心臓血管疾患のリスク因子がある人、高血糖、高コレステロール、肥満、喫煙習慣があるといった人の場合、座った姿勢で血圧が正常だからといって安心はできません。先に触れたように、座位だけでなく、あおむけに寝た姿勢でも血圧を測定するというのもひとつの対策にはなるでしょう。ただそれ以上に、高血圧が原因となる命に関わる心臓血管疾患の発症を予防するために効果的な血圧の測り方を習慣化することをおすすめします。

 まず、心臓になんの負荷もかかっていない状態で血圧を測る習慣を身につけましょう。朝、起床してトイレに行って、そろそろ出かけるための身支度をしようかな……といったタイミングで測定するといいでしょう。そのときの血圧の数値が自分にとっての“基準値”になります。

 それをベースにしたうえで、次に負荷がかかったときに血圧を測り、そのときに基準値からどれくらい数値が上がるのかを把握します。たとえば、運動後や食事後、エキサイトしたときや寒い環境に行ったときなどが「負荷がかかったタイミング」に該当します。

 なにも負荷がかかっていない状態の基準値と、負荷がかかったタイミングの2つの血圧を把握しておけば、突然死を招くような心臓血管疾患になりやすいかどうかが、ある程度わかるのです。

 冒頭で触れたように血圧には収縮期と拡張期があります。拡張期高血圧というのはどのタイミングで測定しても下が95以上あるケースで、この場合は問答無用でハイリスクです。投薬による管理や生活習慣の改善が必要です。

 一方、収縮期高血圧は負荷がかかったときに上が160以上になるケースです。この数値は、負荷がかかっていない平穏時には正常の範囲まで低くなる人もいれば、高いままの場合もあります。高いままの人は、やはり降圧剤の服用でのコントロールや生活習慣の改善が求められます。平穏時に数値が下がる人であれば、意識して負荷がかかるような刺激を減らす工夫をすれば投薬だけで問題ないケースがほとんどです。

 このような自分のタイプを把握するためにも、負荷がかかっていないとき、負荷がかかっているときの2つの血圧測定が大切なのです。タイプが把握できれば突然死のリスクもわかりますから、予防のための対策が図れます。せっかく毎日血圧を測っているなら、より効果的な測定を実践しましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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