第一人者が教える 認知症のすべて

片付けで実家へ…「処分しよう」「捨てないで!」の親子ゲンカに

実家の片付けは本当に大変
実家の片付けは本当に大変

 千葉県の実家で70代の母親が1人暮らしをしているという40代男性(東京在住)。同僚が「親が急に施設に入ることになって実家を売ることになった。そのための片付けが本当に大変」という話を聞いて、他人事ではないと思いました。幸いなことに、自宅と実家はそう遠くない。週末は実家に帰り、少しずつ不要なものを整理していこうと決めました。

 ところが男性のお母さん、「物を取っておきたい性格」。数年前に亡くなった父親(お母さんにとっての夫)の洋服も押し入れの洋服ケースにしまったまま。「もう誰も着ないんだし、処分しよう」と言うと、「お父さんの洋服を捨てるなんて!」と怒り出す。男性の学生時代の制服、表彰状、教科書などについてもしかり。片付けが一向に進みません。それどころか、帰省するたびにケンカになり、「もう、あんたは帰ってこなくていい」と言われる始末でした。

 男性の奥さんから「思い出が詰まったものは捨てられない。あなたにとっては不要でも、お義母さんにとっては大切なもの」と諭されたものの、目の前にすると「置いてたって意味がない」と母親に言ってしまう。見かねた奥さんが、代わりに実家に行くことになりました。

 奥さんが実家から戻ってきた晩、男性はどんな様子だったかを聞きました。奥さんによれば、心掛けたのは3つ。「処分」「捨てる」「不要」といったマイナスの言葉を自分からは使わない。「物」にまつわるお義母さんの思い出話にゆっくりと耳を傾ける。最終的にどうしたいかは、お義母さんの判断に委ねる。

 例えば男性の学生時代の教科書や表彰状。お義母さんと一緒に一つ一つ手に取って見返しながら、男性がどんな子供だったのか、いろいろと聞いたそうです。笑ったり、ちょっと涙したりした後、「いつまでも取っておいても仕方ない。表彰状だけスマホで写真に撮って、あとは処分するわ」とお義母さん。

 これ以降、男性も奥さんを見習うようにしたとのこと。「急ぐことはない」と腹をくくったら、以前はイライラしながらの片付けだったのが、とても和やかな空気に変わり、実家へ行くのが楽しみになったと話していました。

自分の意見を押し付けないことが大事
自分の意見を押し付けないことが大事(C)日刊ゲンダイ
脳活性化のポイントは「楽しく行う」

「片付けが脳の活性化につながる」という話を、前回紹介しました。脳は無数の神経細胞が集積しており、片付けによってそれらが刺激されるから。脳を活性化させるために、ぜひ「楽しい」片付けを親御さんと一緒に、そしてご自身でも、日々取り入れてほしいですね。

 この時のポイントは「楽しい」です。ストレスを感じる片付けは脳にとってマイナスになります。何が大事かは人によって異なりますから、親御さんの片付けを手伝うときは、自分の意見を押し付けないことです。

 また、普段から部屋がきっちり片付いている人は別にして、散らかりがちな人は、片付けが得意な方ではないのでしょう。一気に全てを片付けようとすると、「楽しい」から遠く離れたものになってしまいます。

「片付けを母親と一緒にしたら、料理も一緒にするようになった」とは、大阪在住の会社員女性(53歳)。

 昔ながらのつくりのキッチンで、高い位置に戸棚があり、そこにしまった鍋や器は、力の衰えた母親にとって出し入れできなくなっていた。母親と話し合い、普段よく使う調理器具は全て下の戸棚に。同居家族が多かったときに使っていた大鍋やお菓子作りの道具は女性が譲り受けるか、母親に代わってフリーマーケットサービスのメルカリに出品するか、にしました。

 するとキッチンがスッキリして使いやすくなった。せっかくだからお母さんアノ料理教えてよ、と母親の得意料理で女性の好物のメニューをいくつか挙げたら、母親は「面倒だ」と言いつつうれしそう。女性もうれしくなって、月1~2回、実家に帰り、母親の料理レッスンを受けるように。すでに作り方を知っている料理ももちろんあるけれど、意外なコツがもたらされたりして、勉強になるそうです。

■記憶力も必要

 久しぶりに実家に帰ったら、部屋が散らかり放題になっていた──。それはもしかしたら、認知症のサインかもしれません。片付けには、記憶力や判断力が必要とされます。

 どこに何を置くか。自分が捜しているものはどこに置いているか。これは捨てるか、それとも保管しておくか。そういった能力が落ちてしまい、片付けられなくなってしまうのです。認知症の「物盗られ妄想」から、普段収納しない場所にものを隠してしまうということもあります。

 ただし、もともと片付けが苦手で、部屋が散らかり放題だった人の場合は当てはまりません。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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