正解のリハビリ、最善の介護

脳卒中の後遺症で低下した「機能」や「能力」はどのように向上するのか?

ねりま健育会病院院長の酒向正春氏
ねりま健育会病院院長の酒向正春氏(C)日刊ゲンダイ

 脳卒中や脳外傷などで後遺症が出た時、「元通りに回復したい」と思うのは当然の気持ちです。

 ただ、そうした病気やケガで大きな脳損傷が生じた場合、必ず後遺症が残り「機能障害」が起こってしまいます。麻痺で手足が動かない、手足がしびれて動きがわからない、顔が動かせない、目が見えない、耳が聞こえない、うまく話せない、話が理解できない、計算できない、食べ物をのみ込めない、記憶できない、注意力がなくなる……さまざまな障害が現れるのです。

 脳卒中などの場合、こうした機能障害の後遺症は、重症度にもよりますが約3~6カ月で回復のピークを迎えます。つまり、運動麻痺、感覚障害、嚥下障害、言語障害、高次脳機能障害といった機能障害がどの程度残ってしまうかは、おおむね発症後3カ月でわかるということです。その3カ月間は、時間とともに脳組織が安定し、脳浮腫や炎症が改善して機能が回復していきます。その過程で、壊れた脳神経細胞や神経線維の部分は機能障害が残り、その重症度が決まるのです。

 このように機能障害が残ってしまったら、それ以上は回復できないのかというと、そうではありません。機能障害は残っても、その「能力」をも回復させようとする医療がリハビリ医療なのです。機能障害により落ちてしまった能力(歩く、食べる、排泄する、衣服を着脱する、顔を洗う、入浴する、清潔を保つ、話す、人と触れ合うといった日常生活を遂行するための行動)をできるだけ元通りに取り戻すため、リハビリを行うのです。

■「FIM」と「BI」で評価

 その能力障害や回復の指標として使うのが、以前もお話しした「FIM(機能的自立度評価法=日常活動を行う際の個人がしてることの自立レベルを評価する指標)」と「BI(バーセルインデックス=できる能力の指標)」です。実施しているリハビリが適切に効果を出しているかどうか、リハビリ訓練に修正が必要なのかどうかなどをこれらの指標で確認できるため、とても重要な指標になります。

 FIMは“している能力”の評価で、BIは“できる能力”の評価になります。ですから、当然、FIMの値は低くなります。とりわけ、認知症や精神・高次脳機能障害が重度である場合は、本人が何もしようとしないため、FIMは非常に低くなってしまいます。

 FIMは「セルフケア」と、「交流・社会的認知」で評価します。セルフケアの評価は、食事、整容、入浴洗体、上半身更衣、下半身更衣、トイレ動作、排尿、排便、ベッド移乗、トイレ移乗、風呂移乗、歩行、階段昇降という13の運動項目で行います。なぜ、この13項目が重要かというと、これらの運動項目を自分でできれば、介助がなくても自宅退院が可能になるからです。

 一方、交流と社会的認知の評価は、理解、表出、社会的交流、問題解決、記憶の5項目の認知項目で行います。

 これらの項目は、独居での自宅退院の時に特に重要です。生活支援者と言語で交流できるか、穏やかに必要な社会的交流ができるか、困った時に自分で解決できるか、もしくは相談できるか、生活に必要なことが記憶できるかなどの認知能力を評価します。

 リハビリ治療では、これらの能力を向上させていきます。そのためには、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護師のチームの力が必要です。

 主治医や担当スタッフは、これらの能力がリハビリ治療によりどのような時間経過で回復するのかを知っておくことが極めて重要です。

 まず、基本的に最初の1カ月間でFIMもBIもほぼすべての項目が向上します。たとえば脳卒中では、入院から1週間が最も回復する期間であるケースが多く、そこから1カ月は大きく改善していきます。このため、軽症例は1カ月で自宅退院となります。

 もしも最初の1カ月間で良好な向上傾向がない時は、「回復する可能性がない」あるいは「治療がうまくいっていない」と判断できます。その場合は非常に心配な状態です。リハビリ治療の見直しが必要になるケースもありますから、主治医に確認したほうがいいと思われます。

 次回、リハビリ治療におけるFIMとBIの使い方について、さらに詳しくお話しします。

酒向正春

酒向正春

愛媛大学医学部卒。日本リハビリテーション医学会・脳神経外科学会・脳卒中学会・認知症学会専門医。1987年に脳卒中治療を専門とする脳神経外科医になる。97~2000年に北欧で脳卒中病態生理学を研究。初台リハビリテーション病院脳卒中診療科長を務めた04年に脳科学リハビリ医へ転向。12年に副院長・回復期リハビリセンター長として世田谷記念病院を新設。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(第200回)で特集され、「攻めのリハビリ」が注目される。17年から大泉学園複合施設責任者・ねりま健育会病院院長を務める。著書に「患者の心がけ」(光文社新書)などがある。

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