上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

救急隊に活躍してもらうには医療機関側の受け入れ体制が重要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、「救急隊」のレベルが向上していて、命を救われている患者さんがたくさんいるとお話ししました。医師の指示の下、特定の救急救命処置を行うことができる救急救命士の資格を持つ隊員も増えていて、現場での適切な対処や搬送する医療機関をしっかり選択する能力もアップしています。

 日本では交通事故が減り続けていて、ピークだった2004年の95万2720件から、20年は30万9178件と大幅に減少しました。そうした状況もあり、救急車の搬送理由として急病対応、とりわけ高齢者の急変が増えているため、救急隊員の業務内容は医療従事者に近くなってきています。救急医療は、医師や看護師などの医療従事者だけでなく、救急隊を含めた医療チームで成り立っているのです。

 新型コロナウイルス感染の本格的な流行が始まった20年、自分の感染リスクを乗り越えて、肺炎疑いの患者さんを積極的に医療機関まで搬送し、多くの命を救うことに貢献したのも救急隊員でした。しかし当初、コロナ感染を判断するPCR検査やその後のワクチン接種に関しては、医療従事者の優先順位は高かった一方、救急隊員は“検討対象”とされていたのです。

 そこで、「救急隊員は医療従事者枠に含め、感染者との濃厚接触の可能性がある隊員には、PCR検査と早期のワクチン接種を実施するべき」と、当時の消防庁長官に直接お願いしました。いまも鮮明に覚えています。それくらい、救急隊は医療の現場において重要な存在なのです。

(C)日刊ゲンダイ
できる限り早く救急車を返す

 そんな救急隊にしっかりと仕事を全うしてもらうためには、医療機関側の受け入れ体制も重要です。救急隊は現場で収容した患者さんを救急車で医療機関まで搬送します。その患者さんを迅速に応需して、少しでも早く救急車をまた次の現場に回す、というのが医療機関側の仕事のひとつなのです。

 しかし、それをわかっていない医師や医療機関が圧倒的に多いのが現状です。「自分たちが救急の中心だ」という意識があるのです。これはとんでもない思い違いで、救急車と救急隊が活躍してくれなければ、救急医療は成立しません。救急医療を掲げる医療機関の最も大切な姿勢は、断らず、迅速に患者さんを応需すること、そして救急車を早く返すことです。そのためには、患者さんを収容できるベッドや、対応できる人員といった設備要件を整えておくことが求められます。

 救急車が到着し、ストレッチャーで運ばれてきた患者さんを収容した後、医療機関側は「たしかに応需しました」というサインをする必要があります。救急車を早く返すためには、受け入れの準備をしっかり整えておいて、患者さんを収容してからサインするまでの時間をできる限り短縮する必要があるのです。

 ただ、救急を担当している医師がそれを知らなかったり、忘れていたりすると、アッという間に20分くらい時間が経ってしまいます。中には、わかっているのにダラダラしている医師もいます。また、たまたま救急の当直をアルバイトの医師や看護師が担当していた場合、何をやらなければいけないかまったくわかっておらず、救急車が止まりっぱなしになってしまうケースもあります。あってはならない事態です。

 救急搬送の際、救急隊は患者さんの容体を見て適切な処置を行えるレベルの医療機関を5~6カ所くらいピックアップし、同時に連絡を入れるものです。それに対し、二つ返事で受け入れる医療機関に搬送します。かつての順天堂医院はベッドの確認などで3分くらい救急隊を待たせたり、受け入れを断って他の医療機関に回してもらうことも少なくありませんでした。また、いったん受け入れても、搬送してくれた救急車で再び他の医療機関に転院させるケースもありました。これは公共の救急車の本来の使い方ではありません。

 そこで、私が院長を務めた時代に救急のテコ入れを行いました。救急隊から連絡があったときは確認作業で待たせることをなくしました。さらに、独自に自前の救急車を導入し、受け入れた患者さんを移送するときはそちらを使うようにして、公共の救急車と救急隊がすぐ次の現場に向かえる体制を整備したのです。

 その結果、救急の応需率が目に見えてアップしました。それまで80%台後半だったのが、最高で98.9%まで上がり、年間平均でも95%とほとんどの救急患者さんを受け入れることができるようになったのです。

 同時に救急隊が高いモチベーションを維持しながら業務に取り組んでもらえるような試みも実施しました。あるとき、救急隊員が患者さんを搬送してから次の現場に向かうまでの短時間内に、自動販売機で飲み物を買っている姿を目にしたのです。それならばと救急センターに飲み物や軽食を用意して、救急隊員向けに提供したところ好評でした。こうしたちょっとした気遣いで、救急隊と現場の医師や看護師たちとのコミュニケーションもかなり良くなったという結果を得ました。

 また、救急隊が搬送してくれた患者さんがその後どのような経過をたどったのかについてのリポートを共有できるようにしました。「自分たちがあの病院に患者を搬送すれば、ちゃんと救ってくれる」とわかれば、救急隊員のモチベーション向上につながります。こうした取り組みは救急隊も含めた救急全体のチーム医療が円滑に回るようにするために実施したものです。

 救急患者のほとんどは隣接地域からの搬送なので、大学病院が真に地域医療に貢献できるのが救急医療です。地元の住民に安心感を提供し、開業の先生方にも頼りにされることで、救急で活躍する医師や看護師のやる気が高まり、助かるだけでなく健康を取り戻せる患者さんが増えることにつながるのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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