Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

全摘なら8時間手術 食道がんで化学放射線療法を選ぶ理由

左から中村勘三郎、小澤征爾、桑田佳祐
左から中村勘三郎、小澤征爾、桑田佳祐(C)共同通信社

 島根県の溝口善兵衛知事(71)が、県議会で食道がんであることを公表したそうです。この方は存じ上げませんが、転移もなく手術を急ぐ状況でもない早期なのは何よりでしょう。今回は、食道がんについてです。

 食道がんは、がんの中でも手ごわいがんといえます。食道の周りには、リンパ管が多く、早い時期からリンパ節に転移しやすいのがひとつ。もうひとつは、臓器の周りを覆う漿膜とよばれる“防波堤”がなく、周辺の臓器にも転移しやすいのです。5年前、私の小中高の先輩にあたる歌舞伎役者・中村勘三郎さんの命を奪ったのも食道がんでした。

 転移のしやすさは、データに表れています。全国がんセンター協議会の調査によると、食道がんがステージ1で見つかるのは、全体の24%で、ステージ4で診断されるのも24%。一方、胃がんは62%がステージ1で見つかり、ステージ4は18%にすぎません。

 ステージ3までは、手術が標準とされ、勘三郎さんも手術を受けています。その手術は、外科手術の中でも特に大がかりで、首と胸と腹部の3カ所を開くため、7~8時間に及ぶほど。食道を全摘すると、食べ物の通り道がなくなるので、胃を細い管状にして首のあたりまで持ち上げ、喉とつなぐのです。

 そうすると、胃の働きが失われます。王貞治さんが胃がんの手術後、激ヤセされましたが、食道がんの手術後も体重が大きく減ります。指揮者の小澤征爾さんは15キロも減り、「着られる服がなくなった」とこぼしたそうです。

 効率よく栄養を吸収できるように食べ物を一時的にためて、少しずつ小腸へ送り出すのが、胃の働き。それが損なわれ、激ヤセするのです。食道がんの手術から復帰した歌手の桑田佳祐さんが“ちょいヤセ”で済んだのは、珍しいケースでしょう。

■早期発見には年1回の内視鏡検査が一番

 この点、放射線治療と抗がん剤を同時に行う「化学放射線療法」では、食道や胃を温存できるため、体重は維持されることがほとんど。治癒率も手術に匹敵する数字が出ています。

 東大病院で、食道がんの全摘手術を受けたグループと、化学放射線療法を受けたグループの「生活の質(QOL)」を調べたところ、食べ物ののみ込みやすさ、痛みや息苦しさなどの点で、化学放射線療法の方が勝っていました。体調も、3カ月から半年で元気なころと同じくらいに戻っています。

 こうしたことから、手術以外にも化学放射線療法があることは、ぜひ頭に入れておくのがいいでしょう。たまたま桑田さんが手術を受ける直前のラジオ放送を聞きましたが、手術以外にも化学放射線療法という方法があることはご存じなかったようですから。

 進行した食道がんは、詰まったり、のみ込みにくかったりする症状がありますが、早期は症状がまずありません。検診やほかの病気の検査で見つかることがほとんど。島根の知事は人間ドックで見つかったそうですが、食道がんを早期に見つけるには1年に1回の内視鏡検査が大切です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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