がんと向き合い生きていく

AIは患者さんと一緒に悩むことができない

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 胃がんが見つかり、1カ月前にS病院で胃を3分の2切除する手術を受けた主婦のAさん(48歳)は、退院後の外来で担当医からこう告げられました。

「病理診断の結果、胃に接するリンパ節に転移がありました。でも、ステージⅠですので、再発予防のための抗がん剤治療は必要ありません」

 Aさんは「リンパ節転移があったのに、大丈夫なのだろうか?」と心配になり、Eがん専門病院でセカンドオピニオンを受けることにしました。

 そこでは、胃外科のG医師から「胃がん治療のガイドラインで、ステージⅠでは手術後の化学療法は勧めていません。当院でも、ステージⅠには化学療法は行っていません」と言われたそうです。

 そして、「詳しくは読んでいただければ分かります」と、ガイドラインが書いてある数枚のプリントを渡されました。それは、手術をしてくれたS病院の担当医からもらったものと同じでした。

 Aさんはその時の様子をこう振り返ります。

「G医師は見るからに面倒くさそうでした。パソコンの画面ばかり見て、患者と顔を合わせようとしないのです。私の悩みや不安を少しも分かってくれない。これなら、医者ではなくロボットが目の前に座っていてくれた方がよかった。人工知能を搭載したロボットの対応ならば、腹が立たないようにも思います」

 人工知能=AIは、ものを考え、認識・理解し、人間のような判断ができるとされています。囲碁のチャンピオンと対戦してもAIが勝ち、選挙ではAI市長候補が話題になる時代です。

 たくさんの最新データを学習したAIは、医師が診断や治療法を長時間考えるよりも、短時間で結論を導ける能力を持っています。

 もしかしたら、医師の経験に基づいた“勘”よりも正確かもしれません。手術でも、AI搭載のロボットでの手術の方が正確で、安全な可能性があります。

 これからのがん医療は、個々の患者のゲノムの解析によってがんの発生、再発の可能性も分かるようになり、遺伝子パネルを調べて適切な治療薬を選べる時代になります。ここでも、AIが活躍するでしょう。

■医師がいかにAIを利用した医療ができるかが大切

 先日、1年に1度の気の合う仲間5人が集まる会合でもAIのことが話題になり、いろいろな意見が飛び交いました。

 AIという産業革命で公務員は半分になってしまうのではないか。医師は必要なくなる? 患者は機械に命を委ねることができるのか。自動運転車では乗っている人は機械に命を委ねることになるが……。人の心の悩みをAIは解決できるのか。AIは患者の目を見て、瞳孔や表情の変化を認識して心まで読むようになるのだろうか……。

 人間には、情、魂、祈り、そして限られた命があります。しかし、AIにはありません。「患者と一緒に悩む」のが臨床医であり、それが医師としての生き甲斐でもあります。そこに患者の信頼が生まれ、「血の通った医療」になるのです。AIは患者と一緒に悩むことはできません。

 結局、人間の医師を選ぶか、AIを選ぶかではなく、医師はいかにAIを利用した医療ができるのか。それが大切なのだと思うのです。

 会合が終わって自宅に帰ると、その日の夕刊に最近亡くなった石牟礼道子さんの記事が載っていました。

 石牟礼さんは「苦海浄土」を書かれた作家で、「熊本・水俣には昔から人さまの苦しみを我がことのように受け止めてしまう人たちがいて、『もだえ神様』と呼ばれていました」と語っていたといいます。

 会合に集まった医師たちは、がんの終末期の患者さんを担当しています。患者さんの悩みを、苦しみを、我がことのように感じて、毎日、夜中でも一心に患者のために粉骨砕身し、診療してきた仲間です。みんな「もだえ神様」なのです。

 患者さんと一緒に悩めないAIは「もだえ神様」にはなれません。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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