がんとは何か

<6>「おこげを食べるとがんになる」は本当なのか?

写真はイメージ
写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 がんの原因を知りたければ、発がん性が疑われる物質を使って人工的にがんを作ることだ。かつて、世界中のがん研究者はこう考えて人工的にがんを作る研究にしのぎを削った。

 実は、世界で初めて発がん実験に成功したのは日本人だ。

 1915年、東京帝国大学の山極勝三郎教授が当時学生の市川厚一氏を助手にウサギの耳にコールタールを660日間塗り続け、皮膚がんを発生させた。

 海外から高い評価を得たが、タールの中のどの物質が発がん物質であるかは明らかにできなかった。

 日本ではその後も発がん実験が続けられ、1932年には佐々木研究所の佐々木隆興博士、東大医学部病理の教授であった吉田富三博士がアゾ色素を使ってラットに人工肝がんを作った。

 その後、国立がんセンター名誉総長の杉村隆博士が世界で初めてネズミに人工的に胃がんを発生させることに成功。さらに杉村博士は魚の焦げた部分から発がん物質を同定、その発がん物質からできたがんは遺伝子変異を起こしていたことを証明した。

 東京大学元医学部長で名誉教授(病理学)の石川隆俊氏が言う。

「当時の私は癌研の研究者でしたが、杉村先生は苦労して人工合成された、その発がん物質を1グラム分けて下さいました。発がん実験をしてみなさいというのです。このとき、杉村先生は別の研究者にも同じ発がん物質を分け与え、『先に発がん実験に成功できた方にシンポジウムで研究発表してもらう』とおっしゃいました。幸い、私の方が先に発がん性を証明し、研究発表を行うことができました」

 杉村博士が合成したのは魚や肉などのおこげに含まれるヘテロサイクリックアミンと呼ばれる物質だった。タンパク質やアミノ酸を高温で焼くと生じ、体内に入って代謝されると発がん性を示す。

「おこげに含まれるヘテロサイクリックアミンが発がん物質であることは間違いありません。私もラットやハムスターの横腹に何遍も何遍も注射して皮下の肉腫を作ることに成功しました。その後、経口投与でもがんができることが確認されました。だからといって『おこげを食べるとがんになる』というのは早計です。なぜなら、ラットに与えた量は人間に換算すると毎日毎日、茶碗数杯分のおこげを年単位で食べ続けた場合であって、自然な状態ではないからです。つまり、普通に生活しておこげががんを誘因する可能性はあっても、現実的にはまず考えられません」

関連記事