天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

増加傾向の「大動脈弁狭窄症」は高齢女性に圧倒的に多い

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓疾患の中には、男性と女性で発症数や症状にはっきりした差が表れるものがあります。一昨年の2月には、日本性差医学・医療学会が「心臓病の男女差にもっと注目するよう求める声明」を公表したように、明らかな違いがあるのです。

 性差がある心臓疾患として最もポピュラーなものが「大動脈弁狭窄症」です。高齢の女性に多く見られ、血液の逆流を防止する大動脈弁が硬くなって極端に開きにくくなる疾患です。血液の流れが悪くなるので、胸痛や息切れなどの症状が表れ、重症化すると突然死するケースもあります。

 高齢の女性に多く見られる理由には、卵巣から分泌される女性ホルモンのエストロゲンが大きく関係しています。エストロゲンの作用は多岐にわたり、循環器や脂質代謝の機能を調節して心臓を保護しています。女性が50歳前後になって閉経するとエストロゲンが急激に減少し、血圧が不安定になったり動脈硬化を招いたりするなどして男性よりも弁の石灰化を促進させるのです。

 大動脈弁狭窄症の患者さんの中には、本来は3枚に分かれているはずの弁が先天的に2枚しかない二尖弁の方もいらっしゃいます。この場合、男女に関係なく50~70代くらいの間に弁の石灰化による狭窄症が起こるケースが多く見られます。

 一方、通常の三尖弁で狭窄症が非常に早く進むのは、人工透析を受けている患者さんと、家族性の高脂血症がある患者さんです。そうした人を除くと、高齢女性が圧倒的に多いのが特徴です。

 だいたい70代から3枚の弁が硬くなり始め、いまの日本人の平均寿命に当たる80~85歳くらいになると、よほどコレステロール値が低いような場合を除いて、ほとんどの人に弁の石灰沈着が起こっているといえます。

 しかし、実際に手術にまで至るケースは少ないうえ、手術したほうがいい段階まで悪化している患者さんに対しても、その10~15%程度しか実施されていません。そのため、大動脈弁狭窄症で突然死してしまう人も少なくないのが現状です。高齢になると、心臓に多少の違和感があっても検査に行かない人が多く、きちんと診断されていないのがその一因でしょう。現在、日本心臓財団が心臓弁膜症の検診を啓蒙する公共広告機構のCMを流しているのも、そうした状況を問題視していて、突然死を防ぎたいと考えているのです。

■予防よりも最適なタイミングで処置することが大切

 弁の石灰化による大動脈弁狭窄症を防ぐには、コレステロール値を下げることが有効です。とりわけLDL(悪玉)の数値が高くなると、大動脈弁でコレステロールの塊がどんどん膨らんで狭窄症の原因になるからです。

 数値が高い状態が続いている人はコレステロール降下剤を服用するのが最も効果的といえます。

 しかし、一方ではコレステロール降下剤の副作用や、数値を下げ過ぎてしまうことによる弊害を指摘する声も上がっています。どんな人でも、とにかくコレステロール値を下げればいいとは一概には言えません。ですから、狭窄症にかかりやすい高齢の女性は「予防する」という発想よりも、「きちんと病気を見つけて、最適なタイミングで最適な処置を行う」ことが大切になります。

 大動脈弁狭窄症に対しては、いまはTAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療があります。悪くなった弁の代わりにカテーテルを使って新たな人工弁を留置する治療法です。胸を切開することなく体への負担が少ないため、手術のリスクが極めて高い高齢者は治療の対象になります。

 悪くなった弁は「ドアのちょうつがいが経年劣化でさびてしまった」ことと同じで、部品を交換すればまたスムーズに開閉できるようになります。さびを防ぐために毎日あれこれ懸命になるよりも、適切なタイミングで交換すればいい。大動脈弁狭窄症にかかりやすい高齢女性は、そうした考え方をすることで突然死を防ぐことができます。

 超高齢化しても健康寿命を謳歌する方法が確立してきているのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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