独白 愉快な“病人”たち

INSPi奥村伸二さん 有棘細胞がんで鼻の半分を失い再建まで

「鼻が半分ない状態は凄くよかった」と奥村さん
「鼻が半分ない状態は凄くよかった」と奥村さん(C)日刊ゲンダイ

「がん」と言われた瞬間はショックでした。でも、2~3秒で妙にワクワクしてきたんです。「人生が変わるかも」って(笑い)。

 右小鼻に小さいできものがあることに気づいたのは3年ぐらい前です。ニキビだと思って放置していたら、ある日ファンの方から「だんだん大きくなっているし、一度病院に行った方がいいですよ」と言われたんです。

 それで地元の皮膚科を受診すると、「炎症を起こしているだけだろう」とのことでした。薬は処方されましたが、ニキビは大きくなるばかりだったので、皮膚科から大学病院を紹介されました。でも、初診は「そんなに悪いものじゃないと思います」という診断でした。ただ、2度目の受診で、前回よりグッと成長している様子を見て、「一応、生検してみましょうか?」となり、細胞を採ってよくよく調べた結果、「有棘細胞がん」だったのです。

 皮膚を作る「有棘層」という部分にできるがんで、70代に多い病気らしいんですね。だからなのか、こんな勢いで大きくなる例はなくて、がんではないと思われていたみたいです。あまりに進行が速いので数日後には手術となりました。

 鼻の右側を切除し、直接、穴が見える状態になりました。それが2015年6月です。

 幸い再発の可能性はあまりないがんらしいので、通常ならすぐ鼻の再建手術となるのですが、ボクの場合、イレギュラーなことがあまりに多いので、2年間、様子を見て再発がないことを確かめてから再建手術をすることになりました。

 その間、ガーゼを貼って音楽活動を再開しました。意外に思われるかもしれませんが、鼻が半分ない状態は凄くよかったんです。

 鼻がないってことは、直で穴。肺から出した声が、そのまま上に抜けてくれるので、高い声がとても出しやすかったんです。

「このままでいいんじゃないかな」って思ったくらい(笑い)。でも、みんな「あった方がいいんじゃない?」って言うので去年の夏、再建手術を始めました。

■手術翌日に奇声をあげて“発狂”

 再建は、額の肉を逆三角形に切り、頂点を中心にくるっと回して鼻にするとのことでした。でも、そのままだと額に穴が開いてしまうので、まずは鼻用の肉を作るため、額にエキスパンダーを入れる手術から始まりました。シリコーンの水風船のようなものに1週間に1㏄くらいずつ水を入れて、徐々にのばしていくのです。

 一度は風船の圧が強過ぎ、皮膚が壊死しかけて急きょ水を抜くというアクシデントもありましたが、本当につらかったのは、その後の再建手術でした。

 十分にのばした額の肉を逆三角形に切って鼻にするのですが、その肉が鼻として定着するまで血流をキープするために、額の太い血管を剥がしてつなげたわけです。見た目にもひどい状態でしたが、一番ダメージを受けたのは精神でした。もちろん、全身麻酔で手術中の記憶はありません。でも体が恐怖を覚えてしまったのか、手術翌日から震えが止まらなくなったんです。尋常ではなかったので手足を拘束されてしまい、それがさらに恐怖を増幅させて、最終的には奇声を上げて“発狂”していました。

 でも面白いのは、「俺は今、発狂している」という自覚があったことと、「こんな高い音域まで声が出るんだな」と冷静に考えていたことです。結局、精神安定剤を処方されて、スッと落ち着いたんですけどね。

 その後、つないでいた額の血管を切り離し、鼻の形を少し整える手術をしましてこの夏、ステージに完全復活となりました。実はこれで終わりではなく、あえて肉厚に作ってある鼻を薄くし、耳の軟骨を取って小鼻の形を作るという手術が残っているのですが、手術への恐怖心が抜けないので保留中なんです。

 がんになって一番学んだのは、「本当に人は死ぬんだ」と実感できたこと。頭で分かっていても実際、死を自分の身に感じることはなかなかできないですからね。

 だから、ボクはいろいろ変わりました。最初の手術を終えて、すぐ管理栄養士の学校に通い始めたんです。前々から体調管理の点で栄養に興味があったのですが、仕事をしながらでは無理だと決めつけていました。でも、「やりたいことはやる。迷っている暇はない」と思えるようになりまして……。現在、全日制4年制学校の3年生です。大人になって、本当にやりたいことを自分でお金を払ってやるって最高に楽しいですよ。それが周囲に許されたのも、がんになったおかげかもしれません。

 ただ、鼻ができたら高音が出しづらくなったので、そこだけは不満です。「やっぱり、鼻いらなかったな」といまだに思っています(笑い)。

▽おくむら・しんじ 1979年、京都府生まれ。大阪大学のサークルを母体に組まれた6人組アカペラグループ「INSPi」のメンバー。2001年のテレビ出演をきっかけに、同年12月にメジャーデビューした。05年から日立CMソング「この木なんの木」のリードボーカルを務める。実力派アカペラグループとしてライブを中心に国内外で活動している。

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