医療では、患者さんを守る医療安全が診療に優先され、これをチームで共有する意識が大切です。そのような中で、最近はスーパードクターならぬ「スーパーナース」を育てていくことが重要なのではないかと考えています。
日本では2004年から新しい臨床研修制度が実施され、診療リスクが高く、比較的忙しい専門科を選択する若手医師が減ってきました。また、18年には新専門医制度が始まり、まるで促成栽培のように若葉マーク止まりの専門医がつくられる時代になっています。「こんな医者になりたい」という情熱が顔に表れない“のっぺらぼう”のような医師が増えているのが現状です。
こうした若手医師のレベルを引き上げるためにも、スーパーナースの育成は重要です。昔から、「医者がダメな病院は看護師もダメ。医者が賢くてヤル気のある病院は看護師のレベルも高い」と現場でよく言っています。いまはやる気があってガンガン突き進んでいく医師が育つ環境がなくなってきているので、まずは看護師を徹底的に鍛えてレベルを上げ、「看護師のレベルが高い病院は医師のレベルも高い」という方向に進めることができないだろうかと考えているのです。
看護師は医師に比べて圧倒的に人数が多いうえ、通り一遍の看護師では終わりたくないという熱意のある方もたくさんいます。そうした向上心のある看護師に向け、日本看護協会は1996年に「認定看護師」の資格制度をスタートさせました。救急看護や訪問看護をはじめ、感染管理、皮膚・排泄ケア、緩和ケア、がん化学療法看護など、特定の21分野における「看護のスペシャリスト」育成を目指したものです。さらに、2014年には「特定行為に係る看護師の研修制度」が創設されました。いわゆる一般的な看護だけでなく、より専門性の高い医師の補助業務に近い医療を提供するための研修制度です。
とはいえ、こうした制度はそれほど効果的に機能しているとはいえないのが現状です。それらを見直しつつ新たにスーパーナースを育成するための研修や制度がつくられて欧米並みに進んだとしたら、看護師の中でも優秀な人材が花開いていく可能性があります。そうなれば、患者にとっては医師よりも接する機会が多い看護師のほうが頼りになる存在になるのは間違いありません。
そうしたスーパーナースは、病院内の各部門に1人ずつくらい配置できれば十分にプラス効果が期待できます。たとえば、手術室、外来、ICUといった部門にスーパーナースがいれば、ほかのスタッフの気持ちの引き締まり方が変わり、医療レベルや医療安全が向上します。その結果、医師のレベルもアップしていくでしょう。
■病院の評価や収益も大きく変わってくる
スーパーナースには、専門的な知識や経験だけでなく、「先を予測して的確に動く能力」が求められます。たとえば手術室の看護師であれば、その日の手術では、こういう展開になったらこういう器具が必要になると予測して、前もってほかのスタッフに指示を出して準備を整えておく。また、救急で運ばれてくる患者の情報が入ったら、これくらいの確率で緊急手術になると予測して、患者がカテーテル室に入るときに備えて必要な準備をしておく。急性心筋梗塞では血流を再開通させるまでの時間が早いほど救命率が上がります。救急患者が運ばれてきて手術室に入るまでどれくらい時間がかかるかは、どうしても看護師のレベルに依存してしまいます。「医師に言われたから動く」のではなく、医師に言われた時点でもう動きが始まっているのが優秀な看護師なのです。
もう少し簡単なレベルでいえば、病棟での食事の出し方にも看護師のレベルが表れます。ある患者が消化器系の検査を行ったとしましょう。検査に合わせて食事はストップしますが、「受けた検査の項目と病室に戻ってきたタイミングを考えると、このくらいの時間で食事をしたいと言い出すだろう」と予測できれば、前もってその患者の食事は残しておいて、温め直して食べてもらうことができます。逆に検査の時間がすごく長引いて患者がぐったりして帰ってきたら、食事をとらない可能性が高くなります。その場合はその日の食事はストップしておく。そうすれば食事が無駄になりません。
そうした目配りができる看護師がいるかどうかで、その病院に対する患者からの評価や、病院の収益性は大きく変わってきます。そういう意味でもスーパーナースは必要なのです。
スーパーナースを育てるためには、専門的な知識を学んで経験を積ませることと並行して、現場で先を予測する能力も鍛えていく必要があります。医師と看護の団体が協力して、育成に取り組む体制づくりが求められます。
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