上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

拡張型心筋症のひとつ「緻密化障害」が注目されている

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 前回、心臓が広がりにくくなって起こる拡張障害型心不全のお話をしました。同じような名称で「拡張型心筋症」という心臓疾患がありますが、こちらは心臓の筋肉がぺらぺらに薄くなって収縮力が低下し、左心室が拡張してうっ血性心不全を起こす病気です。突然、激しい動悸や不整脈に見舞われて気を失ったり、突然死を招く場合もあります。

 ウイルス感染がきっかけになって起こるケースが多いと考えられているほか、抗心筋自己抗体と呼ばれる自分の心臓を攻撃する抗体ができてしまう免疫異常や、遺伝による場合も見られます。しかし、はっきりした原因はまだわかっていないのが現状です。

 もちろん、拡張型心筋症はなぜ起こるのか、発症しやすい心臓はどのようなタイプなのか……といった研究は進められています。そのひとつの病態として近年注目されているのが「緻密化障害」という疾患です。

 心臓エコーなど画像診断の進歩によって心臓の状態を詳細に観察できるようになり、心筋層の構造がスカスカな「粗」である状態の人がいることがわかってきました。ヒトの胎生期(受精から分娩までの期間)の心臓は、左心室の内膜側の心筋層は粗い構造をしていますが、発育に伴って緻密になって心室内腔が滑らかになっていきます。しかし、心室の心筋が緻密な状態に形成されずに成長して、一部が粗なままスポンジ状になっているケースがあります。これが緻密化障害です。乳児から高齢者まで、あらゆる時期で見つかった例が報告されています。

 緻密化していないことそのものは大きな害ではなく、緻密化障害でも心機能は正常に働いているケースもたくさんあります。しかし、中には心室の筋肉の働きが低下して、心筋症の状態になっている場合があり、激しい息切れや不整脈などを起こして治療が必要な人もいるのです。

 とはいえ、日本では詳しい発症頻度や予後についてははっきりしていない状況で、診療のガイドラインもありません。そのため、治療もまだ手探りです。一般的には、無症状な場合は経過観察を続け、症状が表れた人には病態に応じた対処が行われます。

 心不全を起こしたときは、利尿薬、ACE(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、β遮断薬などの降圧剤が使用されます。不整脈の場合は抗不整脈薬を投与し、病状によってはペースメーカーの植え込みが必要になるケースもあります。

■進化する補助人工心臓は有望な選択肢

 内科治療では難しいとなると、左室形成術などの手術が行われる場合もありますが、最終的には、補助人工心臓や心臓移植が選択肢になるのが現状です。ただ、移植は世界的にもドナーが不足している状況なうえ、年齢や全身状態によって移植の適応にならない患者さんも少なくありません。そうした事情もあって、現実的には補助人工心臓が有力な選択肢といえます。患者さんの心臓は残して心臓のそばに人工心臓を設置し、落ちてしまった心機能を助けるシステムです。いまの日本では、移植を前提に待機している患者さんの「ブリッジユース(橋渡し)」しか保険適用されませんが、現在、それ以外の患者さんにも保険適用される直前の段階まで来ています。

 最終的な治療=デスティネーション・セラピーとして補助人工心臓を使い、最新のAI技術を導入して故障を未然に防ぎ命を守っていくようにした臨床治験が進んでいるのです。命に関わる輸送手段である航空機や新幹線の重要部品管理にも通じる技術です。

 このように補助人工心臓はどんどん進化しています。腕時計ほどの大きさのタイプが開発されるなど小型化が進んでいますし、バッテリーも10時間以上の稼働が可能なくらい性能がアップしています。コードレスになれば感染症のリスクも激減します。

 緻密化障害を含む拡張型心筋症で心不全が重症化した患者さんにとって、有望な治療の選択肢が増えたといっていいでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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