がんと向き合い生きていく

「決まりなのでできません」抗がん剤を拒否され言葉を失った

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Gさん(48歳=会社員)は、1カ月前から食欲がないことと、両足がむくんできて靴が履きにくくなり、心配になって近所の内科・消化器科のE医院に行きました。診察した医師からは「血圧と心電図は問題ありません。血液と尿の検査をして、その結果は明日の夕方に出ます」と言われました。

 翌日の夕方に結果を聞きにいくと、「腎機能検査のクレアチニン値が1.6と少し悪くなっています。尿検査は問題なく、CEAなどがんの腫瘍マーカーは正常です。明日は土曜日ですが、胃の内視鏡検査をして、胃が大丈夫なら腎臓内科がある病院を紹介しましょう」とのことでした。

 その土曜日、内視鏡検査を受けた直後、Gさんは突然、告げられました。

「スキルス胃がんが疑われます。Aがん病院に紹介状を書きましょう」

 Gさんはもちろん、診察の結果を聞いた奥さんも気が気ではありません。Aがん病院の診察予約は7日後で、それまでの間に腹部が張ってきた感じがして、ご飯は茶碗1杯を食べるのがやっとでした。

 Aがん病院の消化器外科では、B医師から「採血とCT検査をします。終わったら、また診察室の前で待ってください」と指示されました。Gさんは、CT画像を見ながらB医師の説明を受けました。

「スキルス胃がんで腹水がたまってきていて、がん性腹膜炎になっています。手術はできません。今日の採血ではクレアチニン値が2・7まで上がって腎不全の状態です。両側の尿管が細くなって腎臓は水腎症で、このままでは尿が出なくなり命に関わります。急いでM病院の泌尿器科を紹介します。膀胱から尿管に細いカテーテルを入れて尿を出せるようにして、腎機能を回復する必要があります。腎機能が良くなったら、抗がん剤治療ができるかを検討しましょう」

 翌日、GさんはM病院へ緊急入院となりました。幸い、両側尿管にカテーテルが入り、尿がたくさん出てむくみもとれてきました。

■腎機能は回復したが……

 そして5日後、Aがん病院の外来を再度受診しました。採血後、以前に診てもらった消化器外科のB医師から「抗がん剤をやれるかどうか、消化器内科に回ってください」と言われ、その日のうちに消化器内科のN医師の診察を受けました。

 Gさんは病気の急激な悪化もあってとても落ち込んでいました。それでも、病院では迅速にしっかり対応してもらえていると納得していました。

 しかし、消化器内科のN医師の言葉に愕然とします。

「今日のクレアチニンは1.5ですか……。Gさんに効くと思われる抗がん剤は1.3以下でないとできないのです。0.2高いだけですから、私は大丈夫だと思うのですが、病院の決まりなのでできません。病院のルールに反して治療すると、私はこの病院に居られなくなってしまいます。ですから治療は無理なのです」

 Gさんも付き添った奥さんも、唖然として言葉が出ません。しばらく沈黙が続いた後、さらにN医師に言われました。

「抗がん剤が効いたとしても、それほど長くも生きられないと思いますし、無理して治療しても意味がないかもしれません」

 さすがに我慢できなくなった奥さんは、「ほかの病院に行きます。すぐに紹介状を書いてください」と厳しい口調で詰め寄りました。結局、Gさん夫婦はそれから2時間ほど待って紹介状をもらい、Aがん病院を後にしました。

 2人ともとても不安で暗い気持ちでしたが、遅くなった昼食を取ろうと近くの食堂に入りました。テーブルに座ると、Gさんは憤慨しました。

「せっかくM病院で尿管にカテーテルを入れてもらって、やっと抗がん剤治療ができると思ったのに……。N医師の『私は大丈夫だと思うが病院の決まりだからできない。この病院に居られなくなる』とはどういうことだ」

 奥さんはうなずきながら、「Aがん病院のホームページには『患者中心の医療を提供する』と書いてあったのに……」とつぶやきました。

 幸い、Gさんは最初に診てもらったE医院でがん専門医と相談しながら抗がん剤治療を行うことができ、病状も回復してきています。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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