独白 愉快な“病人”たち

「闇から現実に帰ってきた」宮本亜門さんが語る前立腺がん

宮本亜門さん
宮本亜門さん(C)日刊ゲンダイ

 たまたま中国での仕事がキャンセルになって、スケジュールがまるまる空いたその数カ月の間に前立腺がんの発見、手術、退院までがすっぽりきれいにハマったんです。退院した翌日にはもう海外に行きましたからね。結果的に仕事には一切穴をあけなかったので、まさに天の配剤かのような出来事でした。

 中国の仕事のキャンセルが決まったとき、オファーをいただいたのがTBSの「名医のTHE太鼓判!」でした。番組で用意してくれた人間ドックに行ったのが2月で、「影が見えたので精密検査をしたほうがいい」ということになり、紹介されたのがNTT東日本関東病院でした。

 血液検査でPSA(前立腺がんになると血中に大量に流れる前立腺特異抗原)の値が高いことがわかり、針を刺して組織を取る針生検などいろいろな検査をしたところ、「これはがんです」と言われました。がんの進行度は、初めは転移もなく4段階で下から2番目のレベル2でした。でも、さらなる検査をした後はレベル3に上がり、「もう転移寸前」で早く手術をしなければいけない状況になりました。

 医師から提示されたのは「ダヴィンチでの前立腺全摘出」でした。手術支援ロボットのダヴィンチは以前シンポジウムに参加したことがあり、成功率が高く、体へのダメージが少ないことは知っていました。ただ、がんはセカンドオピニオンが大事だと思ったので、知人にも相談しました。

 ある方からは「切らなくてもいいのがある」と重粒子線治療を行う病院を紹介してもらいました。でも「ホルモン治療を併用して治療に2年ぐらいかかるかもしれない」と言われたとき、すでに数年先まで国内外の仕事で埋まっていたので通院できるかどうかが不安に……。しかも、ホルモン治療の副作用で自律神経が不安定になり、感情がコントロールできなくなるのは演出家として非常によくない。結果、ダヴィンチでの全摘手術を選択しました。

 手術は全身麻酔で、2時間ぐらいで終わったようです。出血はほとんどなく、30~50㏄程度とのことでした。名前を呼ばれて目覚めたときは、ボーッとしながらも闇から現実に帰ってきたような幸福感がありました。

 問題は術後でした。前立腺全摘手術ではほぼ100%起こるといわれる尿漏れです。前立腺は膀胱と尿道の間にある臓器なので、それを取ることによってどうしても影響が出てしまうのです。


■退院から約3カ月、尿漏れの後遺症がまだ続いている

 早い人で数週間、長いと何年も治らないケースがあるそうで、まだ退院から約3カ月のボクはその後遺症が続いています。自分の体をコントロールしきれない不安はぬぐえていません。

 もうひとつの後遺症としては、性的機能がなくなること。ボクは60歳を越えているので、もうあまり深い悩みにはなりませんでしたけれども、それでも、それまでの生き方や考え方を変えざるを得ない。自分の在り方を改めて模索しました。

 ボクは以前よりも自分がいとおしくなりましたし、大切にしたいと思うようになりました。これ以上ない良いタイミングで病気が分かって、手術ができて、すぐに仕事に復帰できたこの幸運をかみしめて、次にできることをやっていきたい。そんな決意を新たにしました。尿漏れが完治する日がいつになるかはわかりませんが、焦らず、自分の体と向き合っていることは、ボクにとって貴重な体験になっています。

 というのも、ボクは毎年人間ドックを受けていたんです。後になって去年の結果を見たら、「PSA値が上昇しています。前立腺がんか前立腺肥大の疑いがあるので検査を受けてください」とちゃんと書いてあったんですよ。でも、まったく読んでいなかった。さらに胃痛か何かで訪れた病院でも、「このPSA値ヤバイ……嫌なもの見ちゃったな」と呟かれたことがありました。ただ、それ以上は何も言われなかったので、「なんでそんな言い方するんだ……だから病院は嫌いだ」と、そっちの印象が強く残ってしまって自分の体は顧みなかった。それを大いに反省しています。

 今回、ボクが前立腺がんについてテレビで公表したことで、「今まで誰にも言えなかったけれど、楽になった」という声を多く耳にするようになりました。それが、今回ボクがこの病気になった役目だと思っています。尿漏れの話なんか、男性同士でなかなか話せなかったことだと思うんですけど、「こんなに漏れちゃう」とか「尿パッドはこんなに種類がある」とか、そんなことを楽しく話せるきっかけになれたのはとてもよかったと感じています。

 前立腺がんは米国では男性がんのナンバーワンで、日本でも遠からずそうなる病気です。特別な病気ではないので、まずは知ることが大事です。ひとりで悩まず、当たり前のこととして楽しく話せる世の中になるといいなと思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽みやもと・あもん 1958年、東京都生まれ。東洋人で初めての演出家としてNYのブロードウェーで演出し、その作品はトニー賞4部門にノミネートされた。ストレートプレー(歌唱を含まない演劇)、オペラ、歌舞伎などジャンルを超える演出家として国内外で活躍している。演出を手掛けるオペラ「蝶々夫人」が、東京文化会館大ホール(10月3~6日)、よこすか芸術劇場(10月13日)で上演される。

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